表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
23/65

19 不穏なお茶会


 しばらくして辿り着いたワイト家の屋敷も他と違わぬ豪邸だった。


 東イーラウに来る前に、アインにワイト商会について聞いてみたところ、国内で名の知られた問屋なのだと教えてもらった。


 ワイト商会は、良質の酒造から商いを広げて成功した企業で、取り扱っているのはワイト印の蒸留酒や茶葉など嗜好品が主らしい。

 貴族だけでなく、庶民にも手の届く価格帯の品も揃えているため、客層は広く、知名度も高い。

 その一人娘であるレオナさんは十代半ばから家業を手伝い始め、次期社長として早くから注目を浴びる存在なんだって。


 前夜から警護の任務にあたっていた隊員と交代して持ち場につく。

 私も裏門近くの庭園内に配置され、周囲を警戒する事になった。


 けれど、私が人員として駆り出されたのはそれだけではなかったらしい。


 午後になってから、屋敷の方から自分に向かって近付いてくる一団に気付いて、目を見開いた。

 その集団の中でも一際小さな、瞳と同じ淡い紫のドレスを身に付けた女の子が途中から走り出して、その勢いのまま、正面から飛びつかれた。


 ミーファ!?


 いや、ワイト家に滞在しているのは知っているから、ここで会うのは不思議じゃないんだけどね。

 抱き留めた腕の中で見上げてくる瞳がうっすら涙を溜めていて、ちょっと焦る。


「ミーファ? どうしたの? 何かあった?」


 また変な奴でも現れたのかと心配して尋ねればミーファは首を振った。

 それから、「ごめんなさい」の小さな声。


「肩、痛い…?」


 あぁ、私が怪我を負った事を気にしててくれたんだ。


「これはミーファのせいじゃないからね。私が油断したのが悪かったんだし。

 怪我はもう全然痛くないよ!」


 ぶんぶんと左腕を振ってみせる。


 う、やるんじゃなかった…。

 やっぱり動かすと痛い! でも我慢だ、ここは!


 私の元気いっぱいな様子を信じてくれたのか、ようやくミーファは頬を緩めてくれた。

 そうそう、女の子は笑顔が一番だよ!


 それからミーファは急に大人びた真剣な顔で私を真直ぐに見つめてきた。


「わたし、言わない、から」


 はて、何の事を言われているんだろうと意味を考えている内に、後続の三人が追いついて、条件反射で敬礼を取った私は目に映ったものを疑った。


 一人はワイト商会のレオナさん。今度は薄緑のドレスに身を包んで、相変わらずの知的美人っぷりなのだけど、何処か笑顔がコワいのは気のせいか。

 その隣に、ウェイ隊長。何をするにもやる気が出ないと言いたげな気だるげな様子の中にも冷ややかさがまといついていて、私は君子危うきに近寄らざるを内心唱えた。


 そして、その後ろにボンネットで金髪をまとめた青い目の可愛らしいメイドさん―――って!


 その顔は、ルイ!?


 紺のエプロンドレスがこの上なく似合っているが、あの顔かたちは見間違いじゃないだろう。

 標準仕様の陰惨な目付きは楚々とした微笑の裏に完璧に仕舞われて、別人にしかみえないけど。


 ナイフ投げの達人、二番隊の歩く凶器であるルイがなんでこんな所に!? しかも女装だよ! マグノリアさんの弟子だったりしたの!?











 広々とした庭園の一角に設けられたお茶会の席。

 一介の警吏隊員である私が何故か、その席に座っている。

 隣にはミーファ。さらにその隣に、ワイト嬢。さらにさらにその隣、さらに私の隣でもある場所にウェイ隊長が。

 侍女の役割をしているルイは、お茶の用意をして、そばに控えている。


 昼下がりの穏やかな時間と呼ぶには明らかに空気が重いような気が…。


 あえてそれに気付かないふりをして、ミーファの方に顔を向ければ、はにかみつつ笑いかけてくれる。

 可愛い…! これは男でなくても、鼻の下が伸びてしまうよ。


「ミーファは随分とあなたに懐いているようね」


 気さくに話しかけられ、そうなのかな、と首を傾げてレオナさんを見ると、男性陣が間違いなく見惚れそうな綺麗な微笑みが返ってきた。


「同性ならともかく、あなたのような男性に人見知りしないのは本当に珍しいわ。いつも怯えて隠れてしまうのだけれど」


 そりゃ女ですからね。

 って、ミーファは私が女だって事、気付いているのかな?


「遅くなってしまったけれど、私からもお礼を言わせてね。ミーファを助けてくださって本当にありがとう。

 あなたがあの場に居合わせていなかったらどうなっていたか」


 その先は想像もしたくないように、レオナさんは緩く首を振った。


「こちらから出向くべきなのに、事情が事情とはいえ、無理を言ってここまで呼び出してしまってごめんなさいね。

 シゼル隊長にもお気遣いをいただいてしまって」

「いえ、大した事ではないですから。…シゼル隊長が…?」

「ミーファに、あなたと近日中に会わせるとお約束いただいたそうなの。

 あなたを気にかけるこの子の気持ちを汲んでくださったみたいで」


 そうだったのか。

 シゼル隊長って気配り上手というか、色々な所まで目が行き届いていて、驚くほど広い視野を持った人だ。

 そんなに毎日たくさんの事を考えて疲れないんだろうかと思うくらいに忙しく働いているし。 


 …そういえば、シゼル隊長に向かってレオナさんが口にしたあの言葉。

 せっかくだから、意味を聞いてみようかな?


 いやでも、あの時の微妙な空気を思い出す限り、何か複雑な事情があるのは明らかなわけで。

 やっぱり後でウェイ隊長にでもこっそり聞こう。


 そう結論を出して顔を上げた直後、「私に何か聞きたい事でもあるのかしら?」と尋ねられて、あんぐり口を開けてしまった。

 何故、わかるんですか!?


「だって、あなたの顔に全て書いてあるわ」


 楽しそうに笑って言われた。


 えええ?


 そんなにわかりやすいですか、私!?


「気づいていないのは当人であるお前くらいだな」


 ウェイ隊長にも呆れ顔をされ、衝撃に固まる。

 どれだけ隠し事が下手なんだ、私は。


 この際だからと開き直って、私は正直に質問を口にした。


「前にですね、ミーファ…ファウマン嬢とシゼル隊長が同じっておっしゃられていましたけど、あれはどういう意味なんですか?」


 レオナさんは少し目を見開いて、それからウェイ隊長に冷気が目に見えるような視線を送った。


「ウェイ隊長、カズミはシゼル隊長がイーラウ警吏隊に着任した経緯を知らないのですか?」

「新人だって言っただろ。噂くらいは耳に挟んでいるかもしれんが、わざわざ知らせる必要もない事だ」

「全てに決着がついているなら、父とて此度の件を直接あなた方に知らせるようになどと言いません。

 ウェイ隊長、先ほどもあなたは杞憂だとおっしゃられていましたが、私にはそうは思えません。

 事態を軽視せず、真面目に考えていただけませんか」

「今の時点では憶測の域を出ないだろうが。起きるかどうかわからんものを考えても無駄なだけだ」


 どうにも何か深刻な事態が裏で起こっているらしい事は二人の口ぶりから伺える。

 単なる通りすがりの異世界人である私が気安く関わっていいものか、迷ってしまうような。


 それにしてもなんと刺々しく、寒々しいやり取りなんだろう。これぞ犬猿の仲とでも言うのだろうか。

 ティーカップに口をつけながら、二人とも敵に回してはいけない人物としての認識を新たにする。


 聞くともなしに二人の会話を聞き流しながら、私たち二人といえば、目の前のお茶菓子についてだとか、ミーファの屋敷がある王都の話だとか、これから訪れるペシャウル国の話だとか、他愛も無いお喋りで盛り上がった。

 疑問だったミーファの年は五歳という事が判明した。これも人種の違いだろうか、普通に小学生くらいの年の女の子にみえる。

 言葉はあまり堪能じゃないらしく、単語単語で繋げる感じだけど、ミーファの屋敷に一緒に住んでいる猫たちの話とか、端々から伝わってくるファウマン侯爵の子煩悩さなどを聞いて、気持ちが和んだ。


 ミーシャの母親は既に亡くなっているらしい。ペシャウルへの滞在は数ヶ月に及ぶらしく、長期間、父親と離れる寂しさは滲んでいたけれど、それを表に出さず、レオナさんを始めとするワイト商会の面々と一緒の旅は楽しいのだと言ってミーファは笑顔になる。

 ペシャウル国で観る予定の歌劇が楽しみなのだと、父親に素敵な土産を選んで帰るのだと、精一杯前を向いている。

 本当に良い子だよ。二度とあんな目に遭わないようにしっかり護ってあげなくちゃ、と、私は決意を固くした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ