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期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
22/65

18 東イーラウ地区


 目覚まし時計を手放さない私が珍しく、明るい日差しに目が覚めた。


 寝起き直後のぼんやりとした頭で頬にあたるシーツの感触がいつもより柔らかくて気持ちがいいなぁと思いながら、うっすらと目を開く。


 ……………あれ?


 目に映る景色が自分の部屋と違っているような…?


「おはよう。気分はどう?」


 へ?


 思わぬ近さから降ってきた聞き覚えのある声音に、意識が急速に覚醒へと向かう。

 同時に視界から寝惚けというフィルターが取り払われ、手のひら分ほどの至近距離に向かい合っていたものが、肘をついて横になっている人間の胴体だと理解して、思考が停止した。


 …人…???


 私と共有している上掛けから出ている上半身は細身だけど、はだけられたシャツの合わせから伺える胸板は見事に引き締まっていて、鍛え上げられたものだとわかる。

 風呂上りのじいちゃんの骨ばった体とも、浴場で目にする隊員たちのそれとも違う。男の人の体を見て綺麗だなんて初めて思ったよ。


 現実逃避混じりにそんな感想をまとめつつ、恐る恐る視線を上げる。


 ―――メイクをしていない、美女でない、素顔のマグノリアさんが…。

  

 緩やかに流れ落ちる金の髪が朝日に煌めいて眩しすぎる。

 女っぽい所は一つもなく、はっきりとした目鼻立ちが絶妙のバランスで配置され、美形と呼ぶに文句のつけようがない。

 ニンゲンじゃない、カミサマだよ、これ。そう言われても信じちゃいそうな。


 寝起きに目にするには刺激が強すぎる光景に凍り付いていると、目と鼻の先で形の良い唇が誘いかけるようにつっと弧を描く。

 こちらを見つめる痺れるような甘さを含んだ眼差しにうっとりするよりも、本能的にぎくりと固まってしまう。

 美しいと魅入られてしまう前に気付いてしまった。これはどうみても、獲物を捕らえる前の肉食獣の華麗な微笑みというか―――。


 妙に緊迫した気分になるのは気のせいですか…?


「髪、食べてるわよ」


 下から掬い上げるように伸ばされたマグノリアさんの片手が顔にかかっていた私の髪を払いざま、頬をするりと撫でていく。

 ざらりとした皮膚の、穏やかならぬ感触にまたも意識が白くなりかけ―――唐突に昨夜の記憶が蘇ってきた。


 ―――昨夜、私はマグノリアさんに…。


 全て思い出した。


 慌ててがばりと起き上がった私は、目を見開くマグノリアさんの前で傷の痛みも何のその、ベッドの上で平身低頭した。


「すっ、すみませんでしたあああ―――!!!!!」











 恐ろしい。


 高熱のせいにしたいけれど、一夜の過ちにしては随分と思い切った事を仕出かしてしまった…。

 よりによって上官に、怒らせたら間違いなくコワイ人の部類に入るマグノリアさんに、一緒に寝てくれなどと頼むなど…!


 頼むにしても人を選ぶべきじゃないか、私!

 せめて、アインか双子たちの所に潜り込めば気兼ねしないのに。彼らの安眠妨害をしてもきっと良心は痛まない!(きっぱり)


 あれから逃げるように自分の部屋に戻ってその日は一日ゆっくりと休み、その翌日、私は東イーラウ地区の警吏隊員たちとワイト家の屋敷に赴く事になっていた。


 ウェイ隊長も一緒だ。


 目的はワイト家の警護。犯人は取り逃がしたままなのだから、再び狙われないとも限らない。

 出立の日まであと三日、その間、私たちイーラウ警吏隊が見張りなどに立つ事になっている。


 本部から出て、しばらく歩けば、やがて東イーラウ地区と西区を繋ぐ、外壁をくり抜いたような門が見えてくる。

 開け放たれた西区の主門とは違い、こちらにはこれみよがしに物々しく門兵が十人近くもそばについている。

 私たちの他に通過しようとする人も見る限りいない。スタッフ以外立入り禁止の看板が立っていないのが不思議なほどだ。


 最後尾で私と並んでいたウェイ隊長に気付いた門兵が硬い表情のまま左胸に手を当てて頭を下げる正式な礼を取る。

 随分と堅苦しい。それとも、個性溢れる二番隊がイレギュラーで、これが普通なのか。


「異状は?」

「特にありません!」


 軍隊だ。

 リアル軍隊がここに。


 まぁ、トラベラーを繰り返す度にこんな場面にも慣れてはきたけれど。

 階級制度はどこの世界でも多かれ少なかれ存在しているものだ。


「カズミ、あそこに署名しとけ。あ、俺の分も頼む」


 そう言われて、前の隊員に続いて、門の脇に設置された詰所にあった入出管理表に名前を書いた。


 って、そういえばこの世界の言語書けるんだろうか。

 ひとまず書いて、ウェイ隊長に確認しに行ったら、何だこりゃって顔をされた。

 やはり異なる言語だよねぇ…。

 というわけで、頭を下げて、結局、ウェイ隊長に記入していただいた。


 話せるし読めるけど、書けないのか…。


 手続きを終えて、私たちは東イーラウ地区に入った。


 何と言うか、驚いた。

 西イーラウ地区が庶民の街とすればまさしくこちらは貴族の街。

 大きな緑の庭で仕切られた邸宅が区画整理されて並んでいる。

 西区は埃と砂で汚れ、全体的に煤ぼけた年代物の雰囲気だけど、こちらは比較的新しく開放的で外観の色合いも明るい。

 確か、ここ数年、屋敷を建てる住人が増えたって言ってたっけ。


 金の力ですねーと、ほけっとしながらウェイ隊長の横を歩いた。


「何だかやっぱり違うんですね」

「ま、基本的には貴族以外住めない街だ。宿もあるが、紹介状がなければ宿泊できないしな。

 後は、商人が富豪層目当ての商売を兼ねて別荘を持っていたりするが」

「綺麗だけど、なんだか窮屈そうな場所ですね」

「そうか?」

「はい」


 東イーラウ地区の警吏隊は点在する詰所と、さっき通ってきた内門に駐在するのが主な役割らしい。

 驚く事に、東イーラウ地区から直接外に出る門は無い。


 そもそもの東イーラウ地区の始まりは、遠方へ旅する貴族のお偉方向けの宿泊施設が建造されたのがきっかけで、今では東イーラウ地区内に屋敷を持つ事が一種のステータスとなっているそうだ。

 カジノなどの遊興施設も充実しているらしい。つまり、ゼイアス国の高級リゾート地ってとこ?


「ま、ちょっと前まではもっと毒々しい場所だったんだがな」


 ウェイ隊長から色々と話を聞きながら、ワイト家を目指して通りを歩いた。

 時々、街路を走る馬車を見かけるが、外を歩く人間はほとんど見当たらない。ウェイ隊長が言うには、明け方まで宴で盛り上がる貴族の午前中はこんなもの、だそうだ。


「でも、犯罪とか起こりそうな雰囲気じゃないですね。門で厳しい身元審査も行われているんだから、不審者は入れそうにないですし」


 それを言うと首を振られた。


「確かに身元改めは行っているが、特権階級を笠に着られたら手も足も出ない事が多いぞ。厄介な犯罪の温床となりやすいんだ、ここはな。

 基本的に警吏隊の存在は牽制程度さ」


 ようするに貴族同士が寄り集まって悪巧みの密談とか? ある意味、治外法権な場所なのか。


 深刻な内容の割に、ウェイ隊長が愉快そうに含み笑いをしているので、まるで進んで貴族に悪巧みをさせているようだなぁと思った。



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