17 異世界の夜
喉が渇いて目が覚めた。
熱い。頭がぼーっとする。
まず間違いなく、高熱だ。白血球が体の中のバイ菌と戦っているらしい。頑張れ。
枕元に置いていた水差しはとうに空になっていた。
仕方ない。水差しをつかんで、食堂近くに置いてある水瓶から拝借してこようと、ふらふらと外に出る。
寮の廊下はとっくに消灯されていた。
昼過ぎから寝ていたんだから、どれだけ爆睡していたのやら。
それにしても暗い。ランプを持ってくるのも面倒で、壁伝いに手探りで進んで、階段を降りた。
…あぁ、くらくらする。
しまった、隣の部屋のアインを起こして、頼めばよかったかも。
階段の一番下の段に座って眩暈が収まるのをどれくらい待っていただろう。
足音が聞こえて、顔を上げると―――ランプを持った人影が…。
………………………っ!?
「カズミ? アンタ、こんなとこで何してるのよ?」
ま、ままま、マグノリアさん!?
もしや、その顔一面に塗りつけられたそれは泥パックですか!?
怖い!
薄明かりが微妙に陰影をつけて、非常に怖いんですけど!!
泣きそうな顔をした私の視線に気付いたのか、マグノリアさんは一言、「嗜みよ」と鼻を鳴らした。
…もはや私には何も言えない。
再度、こんな場所にいる理由を問い詰められたので、水を汲みに来た途中で立てなくなった事を話すと、マグノリアさんは溜息をついて身を屈めた。
「ぅわわわわ!」
これはいわゆる、お姫様抱っこ…!?
疑問形なのは、これは美女がされるものであって、少年に間違われるような貧相な私(自覚がある)がされている事に、激しく違和感があるからだ。
というか、無理です! 羞恥プレイどころじゃない!
「歩けます歩けます歩けますから! 降ろしてください!」
「黙れ。さっさとアンタの部屋を教えなさい」
ぎろりと睨まれて、呼吸が止まる。
泥パック…脅威的過ぎるよ。
それでも何だろう。
背中に回された腕から染み込んでくる体温が懐かしくて、胸の内で固まっていたしこりが溶け出していくような心地がする。
…そうか、私、心細かったんだな。見知らぬ地で体調を崩した上に、今日は色々ありすぎたし。
考えたくない事が脳裏を掠めて、私は知らず、マグノリアさんの肩に額を押し付けていた。
「カズミ? なに? 具合悪くなったの?」
あのマグノリアさんも怪我人には優しいんだなぁ。
そんな失礼な事を考えつつ、私の口からは思わずというように深く考えていない言葉が転がり落ちていた。
「一緒に寝たら駄目ですか…?」
「…」
マグノリアさんも寮に住んでいるとは知っていたけれど、部屋に入るのは勿論、初めてだ。
隊長の補佐官なので、当然ながら一隊員の私の部屋より広く、寝室も別にあるという。
浴室は階下にある共同のものを使っているらしく、先ほどもその帰りだったのだとか。
一刀両断に拒否されるかと思った私のお願いは意外にも通り、私は水を汲んだコップを手に、ソファにちんまり座っていた。
泥パックを落としてきたマグノリアさんが何かを手にして戻ってきた。
「解熱剤よ。それと痛み止めも」
「あ、ありがとうございます」
紙包みに包まれた薬を手渡され、ありがたく水で飲み込むと、背中を押されて寝室に案内された。
「薬が効かないようだったら呼びなさい。仕方ないから、ベッドを貸してあげるわ」
「え、いや、そこのソファでいいですよ。お邪魔しているのはこちらですし」
「そんなとこだけ遠慮されても今更なのよ。さっさと寝なさい」
「いや、でも」
シャツの裾を掴んだら、睨まれた。
「アンタ、何がしたいわけ?」
…何だろう。自分でもよくわからない。
途方に暮れて俯いて、それでも手を放せずにいると、頭上で大きな溜息を吐かれた。
う、そうですよね、明日も隊務があるのに、夜更かしは美容の敵だし、こんな事されちゃ迷惑どころじゃないですよね。
でも、正直に言っていいですか。
「今夜だけでいいんですけど、一緒に寝てくれませんか?」
ばしっ。結構力を込めてはたかれた。
「…いたっ」
「寝惚けてんじゃないわよ」
「寝惚けてなんか」
「正気なら余計にタチが悪いわ」
「駄目ですか? 人肌が近くにあると安心して眠れるんですけど」
「…アンタはもっと自分の性別を考えなさい!」
「あ、私、そういうの気にしませんから」
「アタシが気にするのよ!」
話し合いはしばらく平行線だったけれど、一晩だけと必死で食い下がったら、最終的にマグノリアさんが根負けしてくれた。「アタシがなんでこんな目に…」と呟かれた。
でもでも、本当にありがとう! マグノリアさん!