― 幕間 ― ウェイ
ウェイ視点。
警吏隊では、三日に一度、班毎に分かれた集団訓練がある。
中身は、一対多の乱戦を想定した剣の試合などで、各それぞれの部隊長が監督をするのだが、気紛れの風が吹けば、ウェイ自身が顔を出す事もある。
「ウェイ隊長!」
最近、入隊したばかりの青年の顔を見つけ、ウェイは内心舌打ちした。
面倒臭げな顔だったウェイの表情がひときわうすら寒いものを孕む。
その変化に全く気付かない様子で、青年は顔を輝かせてウェイに歩み寄ってきた。
「お疲れ様です! 今日は訓練をウェイ隊長にみていただけるんですか!」
気安く話しかけてんじゃねぇ、と切り捨てたい衝動を堪えて、ウェイは生返事を返した。
五つに分かれる東イーラウ地区警吏隊において、部隊長を務めるジラットという男が、ひやひやしてこちらを見ているのに気付き、ウェイは獰猛な笑みを浮かべてみせる。
今日の訓練の末路を悟ったジラットは引き攣った顔をして、天を仰いだ。
―――おい、ウェイ隊長だぜ。
―――あの、テネジア戦の英雄の?
―――俺、会うの初めてだ…。
―――思ったより若いな。
珍しくもない好奇の視線にさらされ、ウェイは嘆息した。
もうそろそろ十年近く経つ過去のあれこれがこんなに尾を引くとは想像もしていなかった。
数年前にイーラウで派手に立ち回ったのがまた悪目立ちをさせた。こんな事ならシゼルの誘いに乗るんじゃなかったかと、たまに本気で思う。
うっかりと東イーラウ地区の隊長に納まって以来、自分の元で働きたいという入隊希望者が後を立たないのだ。
しかも一体、どんな話を聞かされて育ったのか、青臭い若者が多い上、自分を神の如く崇拝する信者のような輩もいて大いに閉口させられる。
時々、テネジア戦の英雄譚を勝手に創作した吟遊詩人を抹殺してやりたいと思う。
「あの、俺! ずっとウェイ隊長に憧れてて、こうしてお会いする事ができて感動してます!
今日の訓練もよろしくお願いします!」
なんて事だ。今回の隊員は特別鬱陶しい。
きらきらとした目を向けられて、ウェイの機嫌はさらに急降下した。
「―――俺に憧れていただと」
低い声音に、ようやく上官の頭上に立ち込める暗雲に気付いた青年が、戸惑ったような顔をする。
「は、はい。ずっとウェイ隊長の元で働きたくて…」
ようやく不穏な気配にひるみ始めた相手に、ウェイはとっておきの獲物を見つけた肉食獣のような笑い方をした。
「そうか、俺の部下になりたかったって? じゃあ、お望み通り、訓練をつけてやるよ。―――血反吐を吐くまでな」
「各自解散、次までに指摘した箇所を徹底的に潰せ」
練習場を後にする。
身体を動かして少しはすっきりするかと思ったが、逆に苛立ちが腹の底で煮えている。
何も知らないで自分を見上げるあの目が我慢ならない。ごてごてと飾り付けられた英雄の外面しか見えていない、あいつらが。
―――反吐が出る。
「…英雄なんぞ糞だ」
脳裏にこびりついた酸のような雨の臭い、死体だらけの丘、呻き泣き叫ぶ声。
どんな卑怯な手も使った。生き残る為ならば。
―――それが英雄と呼ばれる正体だ。
不意に腕を掴まれ、半眼で見下ろせば、カズミだった。
そういえば、シゼルの執務室に向かう所だったなと思い出す。
手を取られて、何か渡される。
視線を落とせば、街でよく売られている甘い香のする焼き菓子だった。
「…何だ、これは」
「甘いお菓子です」
「…」
そんな事はわかっている。
「糖分って大事なんですよ。すぐにエネルギーに変換してくれるし、気持ちはなごむし、疲れも取れるし。
そんなにたくさんじゃなくてもちょこっと食べるだけで、幸せな気分を連れてきてくれるし。
甘いものって偉大ですよね!」
「…」
「だからこれを食べて、元気を出してくださいという話です」
こいつの話を聞いていると、何もかも莫迦らしくなってくるのは気のせいだろうか。
「ウェイ隊長にはシゼル隊長もたくさんの部下もいますし、食堂のおばちゃんも格好良いって騒いでましたし、街にもファンがいるって聞いてます。
微力ながらですが、私も出来る事あればお手伝いしますよ」
一人前に人の心配をしているらしい。おめでたい奴だ。
甘ったるい菓子の匂いが鼻につく。
何も知らないこいつの言う事を鼻で笑うのは簡単だ。―――だが。
子供の口に合う菓子なぞ酒のあてにもならないが、食い物は食い物、腹の足しにはなる。
ウェイはぞんざいに上着の懐に突っ込んだ。
中途半端ですが、ここから更新緩やかになります。
といっても、今月中に終わらせる予定ですが。こんな話ですが、皆様のお暇つぶしになる事を願って。
たくさんのお気に入り登録ありがとうございました。