15 隊長、事件です
本部に帰り着いた後、ひとまず、シゼル隊長の元へまず指示を仰ぎに行った。
ナイフが刺さったままだったので、エライしかめ面をされてしまった。
簡単に状況を説明して、ミーファの事を預かってもらい、またねと手を振って、私は強制的に医務室へ。
怪我は痛いなんてものじゃないし、魔学も使い過ぎたし、いい加減、気力も限界。格好つけすぎましたよ…。
シゼル隊長に呼び出されてやって来てくれたマグノリアさんが「また顔に傷を許すなんて、どれだけ鈍いのよ!」と、文句たらたら治療をしてくれた。
ポケットにいつも入れるようにしている非常食をもそもそと食べながら、ひたすらすいませんと謝った。
ううう、本当に油断し過ぎだった。ここは私の知る常識が通用しない世界なんだって、思い知っていた筈なのに。
今晩、熱が出るわよ、と脅されたけど、ミーファの様子が気になってじっとしていられず、手当てが終わるとすぐにシゼル隊長の所へ戻った。
が、ミーファは既におらず、アインが休ませる為に本部にある客室に連れて行ったという。
「で、また一体、何に巻き込まれたんだ?」
…そんなに厄介事を連れてきた覚えはないんですが。
眉間に深いシワを刻んだシゼル隊長と向かい合う。
怪しい男たちに追われていた事は既に報告済みだったので、置き去りにしてきた犯人を確保するために隊長は既に人を出してくれていた。さすが!
改めて、ミーファを保護した経緯を一通り説明すると、目を閉じて考え込んだ隊長から、ウェイ隊長を呼んでくるようにと命じられた。
やっぱりミーファは東イーラウ地区から連れ去られてきたんだろうか。
ウェイ隊長は巡察から戻った後、練習場に直行したと聞き、そちらに足を向ける。
ノックしてから扉を開け、壁に沿って並ぶ死屍累々の惨状に息を呑んだ。
ウェイ隊長は面倒臭げな顔つきで若手隊員の稽古をつけている所だったけれど、見るからに不機嫌というか。
剣の訓練というより、殺伐としすぎていて憂さ晴らしのようにしか見えない。
私の目からみても実力が違いすぎるのがわかる。
容赦なく次々と突き入れられる剣戟を必死で凌ぐ相手はふらふらで今にも倒れそうだ。
次の一瞬、派手な音が上がって、勝負はついた。
「ひっ!」
「…悪い、手が滑った」
いやいやいや、それは明らかに嘘でしょう!?
私のように剣を弾き飛ばされた相手は、肩で息をして床にへたり込んでいた。
その鼻先すれすれに突き出された鋭利な切っ先。
…やばい。コワイ。出直したい。
「カズミ、何の用だ?」
う、笑ってないウェイ隊長ってこんなに迫力のある人だったのか。
「シゼル隊長がお呼びです。執務室まで来ていただけますか?」
「…わかった」
カチンと硬質な音を立てて剣を鞘に戻す。
「各自解散、次までに指摘した箇所を徹底的に潰せ」
疲れ果てた、しかし、騎士団はかくあるべきという返事が返る。
…鬼隊長っぽいけど、慕われているみたいだ。
ウェイ隊長の後に続くように、私も練習場を後にした。
…まだ背中が怒っている。
いつも不敵に笑っているイメージなのに。
近寄るなオーラが全身に出ているなぁ。
執務室までの道のりをただついて歩いた。
と、急に立ち止まられ、ぶつかりそうになるのを慌てて爪先に力を込めて留まる。
「…だ」
え?
ウェイ隊長が何と言ったか、低すぎて全然聞き取れなかった。
肩で溜息を吐き出したウェイ隊長の横顔は何処か辛そうというか、自嘲的というか。
…なんだか複雑な悩みでも抱えているんだろうか。
「ウェイ隊長」
お節介だけど。
そのまま去ってしまいそうな雰囲気のウェイ隊長の腕を思わず掴んでしまう。
「…なんだ、お前いたのか」
いや、あんた、気付いてただろ!
とは突っ込まず、怪訝な顔になった上官に、勢いのまま、ポケットに入っていた焼き菓子の包みを握らせる。
「…何だ、これは」
「甘いお菓子です」
「…」
全世界共通、腹が減っては戦が出来ぬ、というやつだ。
「糖分って大事なんですよ。すぐにエネルギーに変換してくれるし、気持ちはなごむし、疲れも取れるし。
そんなにたくさんじゃなくてもちょこっと食べるだけで、幸せな気分を連れてきてくれるし。
甘いものって偉大ですよね!」
何が突然始まったんだと、思い切り妙な顔をされている。
「だからこれを食べて、元気を出してくださいという話です」
言いたかった事はそれだけ。前置きはゴージャスにしてみました。
「ウェイ隊長にはシゼル隊長もたくさんの部下もいますし、食堂のおばちゃんも格好良いって騒いでましたし、街にもファンがいるって聞いてます。
微力ながらですが、私も出来る事あればお手伝いしますよ」
なんだか長くなってしまったが、とにかく言いたい事を言いたいだけ言い終えると、ウェイ隊長はまじまじと私の顔を眺めた。
? 私の顔に何かついてでもいますか?
「っだっ! 何すんですか!」
ひどい! 急にでこぴんしたよ、この人!
「他人の心配をする前に自分の事を何とかしろよ、お前は。なんだ、その怪我は」
「え? 気付きます?」
新しい上着に着替えたから隠れてる筈なんだけど。
「顔だ、顔」
またでこぴんされた! しかも痛い!
「お前の話を聞いていると、どうしようもなく気が抜けるな。それも一つの才能か?」
それは百歩譲って褒め言葉と受け取っておいた方がいいんだろうか?
上から目線で意地悪く笑ったウェイ隊長に、噛み付きたい気持ち半分。
だけど、渡したお菓子は突き返されなかったのでちょっとは慰めになったんならいいかと、私は大人になって渋々引き下がっておいたのだった。