13 女の子に危険はつきもの
街はいつも賑やかだ。
人の出入りも激しいし、商店から飛ぶ声も溌溂と威勢が良い。
様々な人や物で溢れ返ってごみごみしてるけど、西イーラウは活気があって元気な良い街だと思う。
せっかくの休日なので制服ではなく、チノパンに似たゆったりとしたズボンと大き目のシャツを羽織って歩く。
男装は必須です。帯剣はしてないけど、短剣くらいは持っている。
早々、揉め事に出くわすつもりもないんだけど―――運が悪い時って誰にでもある。
雑貨屋などを覗き、目的も無くぶらぶらと歩く。
美味しそうなミカンに似た果実を見つけ、幾つか買ってみる。一個皮を剥いて食べるとなんと桃のような味がする。
前回の地獄のような経験のおかげで戦々恐々としていたんだけれど、こちらの世界の食事は比較的マトモなものだ。
時々、思いもよらぬ罠にはまる時もあるけれど、食堂で出される料理は本当に美味しくて素晴らしい。
そうそう、ちゃんと塩もあるし!
出される料理が全て甘く、塩気のない料理って食べた事ありますか? はっきり言って、毎日食べ続けると気が狂いそうになります。
塩を求めて戦い続けた三回目のトラベラー、あの時ほど早く帰りたいと切実に願った事は無かったなぁ。
この四番目の世界にも馴染んできたなぁとしみじみとしていた時、ふと向かいの路地で白いモノが動くのを見た。
え、あれって女の子じゃないの?
―――その後に続いた黒い影。間違いなく、厄介事だ。
紙袋をその場に置いて、思わず追いかける。
よし、あの路地を抜ければ先回りが出来る筈。
地理を把握しつつある自分の成長をちょっぴり誇らしく思いながら、女の子が通るだろう道の影で潜んで待つ。
金髪に白いワンピース。六歳くらいの女の子かな?
通り過ぎる横からさっと手を伸ばして、口を塞いで抱え込む。
「逃げたいんでしょ? ちょっと静かにしててね」
目を合わせて、小声で囁いた。
涙で目を潤ませた女の子は震えながらも頷いたので、口を塞いでいる手を放した。
間もなく追っ手らしき男たちが気付かずに通り過ぎていった。
充分に距離が開いたのを確認すると、女の子を立ち上がらせ、移動する事にした。
「喉渇いたんじゃない? ジュースでも飲む?」
そう訊くと、こくんと頷く。
内気な感じがやたら可愛い。着ているワンピースも上等そうなドレスみたいだし、貴族の子供かなぁ?
紫色の目は澄んでいて大きい。将来は儚げな美人になりそうだ。
ひとまず近くの露店で甘い果実を絞ったジュースを買い、女の子に渡すと、おずおずと口を付けてくれた。
こういう場合、どうすりゃいいんだっけ。何者かに追われている事は確かだろうし、とにかく、隊長に相談した方がよさそうだなぁ。
一度、警吏隊本部に戻るか。
「あのね、私の名前はカズミ。これでも西イーラウ地区の警吏隊員なんだけど、あなたの名前は?」
恐がらせないように屈んで尋ねると、素直に答えてくれた。
「ミーファ・ラッセル・ファウマン」
「ミーファが名前?」
小さく頷かれる。こりゃ間違いなく貴族のお嬢様だろう。
「ミ-ファは東イーラウ地区に住んでいるのかな?」
これには首を傾げて悩まれてしまう。
うーん、わからないのか。
「お父さんとお母さんが何処にいるか知ってる?」
あらら、これも駄目か。というか、もしかして思ったよりまだ小さい子なのかな。
「さっきの男たちは、なんでミーファを追っかけてたの?」
「…っ」
この質問には今にも泣き出しそうな顔をされてしまい、怖い事思い出させてごめんね、と謝って頭をそっと撫でた。
「警吏隊の人たちがミーファの家を探すの手伝ってくれると思うから、一緒に本部まで行こうか」
じいっと私の顔を見つめたミーファはそれにも頷いてくれた。
賢くて、良い子だ~。
手を繋いで大通りを歩く。
こんな小さな子が一人で出歩く事はないだろうし、何処からか攫われてきたんだろうか。
追っ手の男たちは人相の悪いチンピラって感じだったけど。
と。
後ろから騒ぐ声がして、どうやら追っ手に見つかった事に気付いた。
人目も気にせず、ですか。
何だかこの誘拐未遂事件、根が深そうな気がしてきた。
魔学があれば簡単に逃げられるけど、こんな目立つ街中で使う訳にもいかない。
警吏隊本部にはまだ距離がある。
私はミーファの手を握り直すと、近くの路地に飛び込んだ。