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期間限定迷子  作者: yoshihira
本編
14/65

― 幕間 ― アイン

アイン視点。

 二番隊に新人が一人やって来た。


 また、シゼル隊長が拾ってきたと聞いて、さもあらん。

 滅多に表情を崩さない隊長は、軍人らしく四角四面で冷血な人物にみえるけれど、内実はそうじゃない。

 むしろ、甘すぎるくらい甘い人だよなぁ。捨て猫とか見捨てられずに手元に引き取るタイプじゃないか?


 それでもやるべき事に対して手を抜かない人だし、数年前まで西イーラウに巣食っていた密売組織を一掃したのはこの人の手腕だ。

 その時、初めてシゼル隊長と知り合ったんだけど、当時も今も、俺はあの人の判断を信用している。


 しばらく監視をと命じられ、俺は一ニもなく頷いた。






 カズミの第一印象は、平和ボケ、その一言に尽きる。

 にこにこと愛想が良くて、顔に考えてる中身が全部出ている。ひょろっとした体型を見ても、間違っても軍人にみえない。


 警吏隊は一応、西イーラウ地区の治安維持に努める武装組織だぞ?

 規模は小さいとはいえ、言ってみれば国の軍隊だ。

 おいおい、人手不足とはいえ、こんなお子様を入れて大丈夫かー?


 正直、シゼル隊長が警戒するような何かがあるとは全く思えない。

 こいつがスパイだったら、俺は自分の髪の毛を毟って食べてやる。それくらいありえない、と、その時、俺は思っていた。







 翌日から隊務とは名ばかりの雑用を押し付けた。

 日々の基礎訓練は当然として、掃除や洗濯は専任の業者がいるのだが、こいつに出来る事はこれくらいだろうと思ってだ。

 なにせ、馬にも乗れないときた。剣の腕は言うまでもない。まぁ、体捌きは思ったより悪くないんだが。


 しかも、記憶喪失と言った事に嘘は無いらしく、驚くほど常識を知らない。

 この国の名前まで知らないなんてマジかー。


 本部内にある食堂に案内し、注文の仕方から後片付けまで一通り説明した時の事。

 食堂のテーブルには、幾つか基本的な調味料が置かれている。

 塩とか、甘味を加えるソースとか、各自の好みで食事に付け加えられるんだが。


「かっ、辛いぃぃぃ!!!」


 ティムの実を食べたんだから当たり前だろーが。

 小箱に詰められていた激辛の調味料を口にして、カズミは悶絶した。


「なにこれ! 見た目、間違いなくさくらんぼなのに! 唐辛子濃縮三倍レベルって、どういう事!?」


 涙目でわけのわからない事を呟いている。


 なんだ、こいつ。そんな事も忘れてるのか。記憶喪失は、思った以上に重症みたいだなぁ。


 体力はそこそこあるらしく、へばってはいたが、基礎訓練も雑用も何とかこなしている。

 とりあえず一週間、ついてまわってはみたけど、まぁ、普通だよな。見た目通り、危険人物には程遠い。






 動きがあったのは次の休日での事だ。


「アイン、何処か一人きりになれる場所って知らない?」

「は?」


 今日の隊務が終わって、解散となった時におもむろに問われた。


 寮の個室じゃ駄目なのかと聞くと、「ストレス発散するために大声で叫ぶ広い場所が必要なんだ!」と、またわけのわからん事を真剣に主張してくる。

 隊長が言う意味じゃなく、別の意味でもアヤシイ奴だ。こいつ、頭大丈夫か?的な。


「北側にある裏見の森に行ってみれば? あそこなら人はあんまりいないぜ。何せ、入ったら出てこれないって言われてる帰らずの森だからな」


 嘘だ。

 古くからあるってだけで、何の変哲もないただの森。

 ま、あまりに木が密集しているんで、昼でも薄暗くて陰気で、人が寄り付かないのは本当なんだが。


「そうなんだ。ありがとう!」


 って、お前、帰らずの森の部分に何の突っ込みもなしか!

 何も考えてないだろ!


 翌日の休日に朝早くから玄関に向かったという事は行くつもりらしい。


 まだシゼル隊長の命は解かれていないので、仕方なく尾行する。


 方向感覚は悪くないらしく、時に人に道を尋ねつつ、カズミは裏見の森に辿り着くと、ためらいもなく、奥に入って行きやがった。

 …俺の言った事、完全無視かよ。嘘だけど。


 まぁ、幸い、隠れ場所には困らない森の中だ。

 木陰に身をひそめて、何をしに来たのか、見届けりゃいい。


 …何をしてるんだ?

 距離を取っているので声までは聞こえないが、手を振り回したり、じっとして動かなかったり―――って、さっきの見間違いか?

 なんか奴の頭の上で浮いてなかったか?


「!」


 って―――消えた!?


 おいおいおいおい、マジか!?


 慌ててカズミのいた場所にまで駆け寄るが、何処を見ても姿はない。突然、掻き消えたとしか思えないこの現象。


「何だよ、あいつ…」


 不審者どころじゃないぞ!


 こんなの、目の前に目撃した俺でさえ信じられないのに、どう報告すりゃいいんだか。


 本部横に建てられた寮に顔を出すと、カズミは既に部屋にいた。


「どうしたの?」


 きょとんとした顔で出てきたあいつの頭をとりあえずぐりぐりと撫でて、本物だと確かめると、俺はシゼル隊長の執務室に向かった。


「―――という訳で、理屈はさっぱりわかりませんが、カズミは何か怪しげな術を使えるのだとしか思えません」


 俺の報告に特に驚いた様子も無く、シゼル隊長は頷いた。


「あの、既にご存知だったんですか?」

「いや、最初に彼に会った時に、集団の賊を一人であっさりと伸していたからな。何かあるんじゃないかと思っていただけだ」


 へぇ、そんな事があったんだ。


「隊長、どうするんですか?」

「カズミの事か?」

「ま、あいつが悪い奴じゃないってのはわかるんですけど、このまま警吏隊に置いておくんですか?」


 警吏隊と敵対する勢力は実は結構多い。

 以前の密売組織壊滅時の残党もそうだし、死神のような商隊を狙った盗賊集団は無論、法の目をくぐって違法な商品を入手しようと躍起になる酔狂な貴族や商人、目に余る動きをする他国の諜報機関など。

 中には、シゼル隊長とウェイ隊長の個人的な因縁とかもある。

 悪質な犯罪を未然に防ぐ為に取り締まっているわけだけど、どうしたって恨みも買いやすい立場だ。


 そういう奴らにとって内部情報は喉から手が出るほどほしいものだろうし、カズミが素性の知れない怪しい奴だという事に変わりは無い。


「もうしばらくは様子を見る。何か作為があるのなら下手に野放しにもしておけないだろう。手間をかけるが、このまま監視を続行してくれ」


 シゼル隊長は口ではそう言った。

 けど、あの双子の時みたいに情が移ったんじゃないか、とか俺は思った。







 それから程なくして、本人の口からあの変な術やら何やら説明があったという。

 で、実際、カズミがその術を使っている所を目にしたわけだけど。


 ありゃ、とんでもなくないか?


 おいおいおいおい…下手したら国一つなんてあっという間に破壊できるんじゃ? そう思えるくらい、途方も無く強力だった。

 他の二番隊の奴らもさすがに絶句してたぜ。動じてないのは、シゼル隊長くらい?

 といっても万能じゃないらしく、力の使い過ぎで気絶したけど。いや、それでもなぁ…。


 救いがあるのは、あいつがどうしようもなく不審人物だが、危険人物ではないって事だ。


「あれも個性の一つだろう。役には立つし、別に放っておいていいんじゃないか」


 事の顛末を聞いたウェイ隊長があっけらかんとそう言った。

 この人も何を考えているか掴めないというか。

 シゼル隊長も同意して、警吏隊においてのカズミの残留は決まった。


 それにしても、死神の本拠地らしき地下がほとんど埋没してたから、物証とか探し出すの地味に大変だったぞ。

 もうちょっと精度上げられないのか、あの術、と文句を言えば、無理と一言で切り捨てやがった。おい。

 後始末はカズミも勿論、手伝わせたけどな。


 異世界人だとか、そういう話は正直、よくわからない。

 俺たちには真偽を確かめる方法はないし、わざわざそんな面倒な嘘を吐く理由も思いつかないし。半信半疑ってやつだな。


 それよりも何よりも最後に暴露されたあの事実。

 そっちの方が何より俺にとっての衝撃だった。マジ、ありえねぇ!



 

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