10 信頼
目が覚めたらものすごくお腹が空いていた。
ううう、術の使いすぎだ。単純なものだったからこそ、大盤振る舞いしすぎてしまった。
身体に力が入らない…。
起き上がるのも億劫だ。
見慣れない天井と寝台に、ここは何処だろうと思う。
幾つか並んだ寝台に、向こうに見えるのは薬棚と診察台らしき長椅子がみえる。
医務室か何かに運ばれた?
とにかく何か食べなければ。
ひもじくて死んでしまいそう。ポケットに食べられる菓子でも入れていなかったかな。
起き上がると眩暈がして意識が揺れる。
しばらくましになるまで待って、寝台から降りようとしたとたん、べしゃりと足がくだけた。
…た、立てない。
地面を這いずって食堂まで辿り着けるだろうか?
どうしようと悩み出した時に救世主は現れた。
奥の入口らしき扉が開いて、姉御にしか見えないマグノリアさんが入ってくる。
「何やってんの」
何故にアインじゃないんだ…。
冷たい目で見下ろされ、あははと愛想笑いを返す。
私の中じゃ、頼み事するには抵抗がある人ベストスリーにばっちり入る人なのに。
「マグノリアさん、何か食べ物持ってないですか?」
「は? 持ってないに決まってるでしょ」
「ですよね」
そう上手い話が転がっているわけも無い。
「シゼル隊長がお呼びよ。さっさと立ちなさい」
そうしたいのは山々なんですが!
「すいません、エネルギー切れで立てません…」
そう伝えると、案の定、マグノリアさんは物凄く嫌そうな顔になった。
けれど、肩を竦めると、ひょいと私を米俵のように肩に担いでくれた。
「あ、りがとうございます」
腹が肩に食い込んで苦しいけど。
どちらかといえばあの細腕で軽々と持ち上げられたのがちょっとすごい。
見た目も女性にみえるくらい細身で、そんなに筋肉があるように見えないのになぁ。
服に隠れている所はスゴイんだろうか。
そのまま執務室に直行するかと思いきや、なんと、食堂に連れて行ってくれた。
感謝で泣きそうになりながら、肉定食をがっつり食べる。
うわーん、めっちゃ美味しい!
とりあえず人心地がつくまで補給すると、不機嫌ながらも待ってくれていたマグノリアさんと一緒に隊長の所へ向かった。
隊長の執務室には、アインもいた。
「体調は大丈夫か?」と聞かれて、「大丈夫ー」と語尾を伸ばして答える。
さっきから、あまりに普通の対応なので、なんだか、拍子抜けしてしまう。
…アインも、マグノリアさんも。
この世界に無い魔学使いの私を見て、もっと恐がったり、嫌悪を示したり、そんな反応をされるとばかり覚悟していたのに。
シゼル隊長もいつもと変わらない様子で出迎えてくれる。
「カズミの協力で『死神』の捕縛は成った。礼を言う」
「お役に立ててよかったです」
どうにか一網打尽に出来たらしい。それを聞いて、頬がゆるむ。
「急に倒れたようだが大丈夫か」
「えっと、ちょっと調子に乗って力を使いすぎたみたいで。ゴハン食べて栄養補給しましたから、もう復活しました」
マグノリアさん、ありがとう!
「正直に言えば、カズミの使う術は予想を超えていた」
「というより、反則技だよな。自然災害並だし」
アインがへらっと笑って感想を言う。
…はっはっはっ、自慢じゃないけど、初めて魔学を使った時も知人に同じ事を言われたさ!
「前に言ったかもしれないが、君のような力は我々には使えない。
巫道を修めた巫子であれば話は違うかもしれないが、巫子が表舞台に出てくる事はまずないのでな。
他に君のような存在はいないだろう」
そりゃ異世界トラベラーですから。
異分子もいいところだし。
淡々と語るシゼル隊長はそして、ぽんと一つの問いを投げかけた。
「君は警吏隊にこのまま属する事を望むか?」
意味を飲み込むのに何度か瞬きをしてしまう。
「望んでいます、けれど?」
「わかった」
え?
「引き続き、二番隊で任務にあたってくれ」
正直、得体の知れない私を雇い続ける事はリスクが高いと思うのに。
半分以上、追い出されるだろうと諦めてここまでやってきたんだけど。
それだけでお仕舞い?
ええ? 本当に?
「ただし、あまりその力を乱用しない方が良いだろう、君の為にも」
そう告げたシゼル隊長の表情は真面目そのもので。
もしかしなくても、心配してそう言ってくれてる、んだよね?
「察していたかもしれないが、アインにはしばらく君の監視を命じていた。君が嘘をついているのはあからさまだったのでな。
可能ならある程度、そちらの事情を話してくれると助かる。今後、発生しうる懸念があるのならば伝えてほしい」
あはは…そうですよね、出会った最初から嘘ばかり並べ立ててたもんなぁ。
しかし、何処まで話そう。
三人の顔を順々に見比べる。
シゼル隊長は事務的にしか話をしないけれど、懐の広い、とても公平な人だ。信用できると思った。
アインはいい奴だ。…まぁ、監視されてたんだなぁと思ってたけど。でも、色々助けてくれたし、別に文句はない。
マグノリアさんは…ほとんど話した事ないからなぁ。でも、食堂に連れて行ってくれたり、なんだかんだと面倒見が良い人なのかも。
私は黙って頭を下げた。
こういう出会いもあるんだから、トラベラーになるのも捨てたもんじゃないって思う。