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非在事件捜査班

作者: パンター

 ここは実在と非実在が共存する街、古見九市。

 午後九時の市美術館特別展示室でおれは奴と対峙していた。

 奴がここにやって来るのは一時間前に観測担当から知らされた。出現直前には予備侵食現象が発生するのだ。これは普通の人間には微細な感覚器官のズレとしか感知できない。視界の隅のほんの僅かな歪みに見える。感の鋭い人間なら気にするだろうが、一瞬の出来事なので気のせいに思ってしまうだろう。しかし観測官はその微細な歪みを見逃さない。それは連続体からこちらの世界へ開けられた針の穴だからだ。

 おれは美術館を包囲する警官を十数人引き連れて出現予測時間の三十分前に美術館に到着した。

 おれは独りで美術館に入る。普通の人間である警官では役に立たないからだ。そして同僚は今夜は別件で別の現場に行っていた。今はおれしかいなかったのだ。

 特別展示室。ここではヨーロッパ某国の王宮秘宝展が開催されていた。今となっては金銭価値が付けられない装飾品が数十点展示されていた。奴はこれを狙っているのだろうか。

 時間通り非常灯だけの薄暗い室内に出現したそいつは、ベネチアのお祭りの時被るような仮面をつけていた。さらに黒装束にマントとくればまさに怪盗と主張しているようだった。主張しているのだ、こいつは。

 自分を怪盗だと主張しているのだった。

「実在と非実在にどれほどの違いがあるんでしょうか?どっちも脳内で処理された情報でしかないのに」

 怪盗がおれを挑発する。ふん、いつもながら屁理屈の多い奴だ。

「あなたのその銃もあなたの妄想が生み出した擬在の武器。私のような存在にはその銃でしか対抗できないから、あなたはそれを妄想した。それによりその銃はここにあると認知される存在となった。違いますか?刑事さん」

「ああ。しかしこれは悪い夢さ。どこかの怪盗漫画好きが妄想した幻がお前だ。その幻が現実の美術品を盗むなんて、馬鹿馬鹿しい悪夢としか言いようがない」

「悪夢ですよ、刑事さん。これは悪夢です。何せあなた達実在を非実在の私が翻弄している。全く愉快ですよ」

「ちっ。ふざけんな」

 おれは躊躇わず擬在のリボルバー銃の引き金を絞った。この銃の弾丸も架空の銃弾だから現実の美術品を傷つけることはない。ただし、人間は傷つく。人間には非実在成分があるらしい。

 ドット=イシハラ連続体効果というものらしいが、おれの理解の範囲外だ。知りたくもない。

 目の前の怪盗が倒せるなら妄想の銃だろうと使う。それだけだ。

 ちなみにこいつのような非実在が実在の存在を手にする際『存在侵食』することで存在変換を行う。これもさっき述べたドット=イシハラ連続体理論の等価情報変換という効果で行うらしいが、さっきも言ったように知りたくもない知識だ。要は実在を非実在化するということだ。その逆も出来るのだが、その能力を持つ人間は政府によって管理されている。理由は言うまでもない。危険な存在だからだ。

 そう、おれは危険人物なのだ。17歳で刑事をやっている理由もそれだった。

 警視庁内の有り得ない捜査チーム。非在犯罪捜査班の捜査官だった。

『大侵食』以後の歪んだ世界に生まれた有り得ない犯罪と犯罪者を駆逐する目的のためだけにおれはいる。

 10年前から人類は自らが産み出した妄想の非実在と戦い続けていた。俺はその尖兵だった。

 この怪盗チキンバットとは二ヶ月前からの宿敵だった。

 こいつは既に七作品の絵画彫刻と宝物を非実在化している。盗んだのだ。

 非実在犯罪者を囚えておく牢獄はない。だから消すしかない。おれは処刑人でもあったのだ。

「甘い、甘いですよ。こんなモノで私は消せない」

 チキンバットはマントを翻した。銃弾がそれに触れると変換され実体化した。実体化した銃弾は怪盗を通過してその後ろの壁に命中した。弾丸はひしゃげながらコンクリートに食い込んだ。

「ククク。危ないですよ。絵画を傷つけてしまいますよ、刑事さん」

「お前なあ。本当にむかつく」

 こいつは強敵だ。もしかしたら『賢者』かもしれない。たまにこういう奴が現れるのだ。

 『賢者』と呼ばれる非実在は、連続体の向こう側からやって来たインベーダーだという研究者もいる。

 妄想からできた非在特異体ではなく、成りすました存在ではないかと思われている。そいつらは余りにもこの事象のあらゆる仕組みに熟知しているのだ。どこからその情報を得たのか?それは知っていたからだと。

 だからこれは奴らの侵略行為だと断定する識者が社会を扇動する言動を放送するマスメディアすらあった。

 真実は未だ闇の中だが、何であろうとこいつに容赦する必要はなかった。

 俺は想像する。焼夷徹甲弾的な。弾丸内部に情報燃焼剤を内封。妄想固定化。

 二発をシリンダーに装填。妄想を弾丸にしてシリンダー内に形成したのだ。

「おれをなめてんじゃねえぞ、チキン野郎」

 俺は引き金を絞る。続け様に二回。相手が感知できないほどの速度で撃てるのだ。

「懲りないですね、猛犬刑事さん」

 さっきと同じようにマントを翻した。が、マントに触れた瞬間マントが燃え出した。弾頭が侵食されることで内部の燃焼剤が点火したのだ。

「うっ。なんだ、これ」

 だが既に二発目がチキンバットの胸に命中した。今度は心臓あたりが燃え出した。

「うわああああああああ!」

 炎が胸部全体に燃え移った。

「くっ、やりますね。今回は逃げさせてもらいます。この屈辱は近い内に必ず…」

 チキンバットの姿が薄らいでゆく。そして消えた。

「三発目が必要だったか…」

 しかしおれの精神力も限界だった。目の前が真っ暗になって全身の力が抜けた。そして倒れた。

 次に目を覚ますと、救急車の中で寝かされていた。

 同僚のきさらがおれの顔を覗き込んでいる。

「何だー生きてたかー。つまらないわね」

 彼女も能力のせいで刑事になった16歳のアウトサイダーだ。

 きさらの昭和の少女漫画のヒロインのような大きな瞳は、近づき過ぎると怖い。

 全体的にはリスというか小動物系の可愛い小柄な少女だった。髪はショートで胸は控えめ。中性的な印象を醸し出し、一部のショタ好きの婦警に人気があるようだ。

「もう少しで消せた。おれの力不足だった」

「そうねー。全く無能だわー」

 彼女は全く容赦なかった。

「でも、まあ、生きていればいいこともあるわよー」

「うう。お前に言われたくない」

 だがまあいい。次がある。今度こそ倒す。

 今のおれにはそれしか存在理由レゾンデートルがないのだから。

登録後初投稿です。よろしくお願いします。

習作のつもりで思いつきで書きましたので気軽に読んで頂ければと思います。

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