第三回
二人、青空、雲一つない空の下をスーパーに向かって歩いていた。
祐介、彼の右脚の膝は益々、駄目であった。動くには動くが、地面を蹴る度痛み、膝から下が外れるのではないか、と彼は思った。
そうして、きっと明日の八時十五分になったら、就労継続支援事業所に電話して、事情を話して欠勤せざるを得ない事を考えると、億劫であった。
先日の通夜の席で彼の父は
「まあ、書きつづける事だな、面白い事を書いていれば、誰かが見つけてくれるかもしれないしな」
と、言っていた。彼は淡い期待を、このとき持った。しかし、祐介、香奈の生活状況を鑑みると、後は夢に向かって生きるしかない、というのも、切実な、事実であった。
カートを押す。香奈がその籠に食材を放りこむ。その間にも、彼の頭の中には考えがどんどん増幅を招き、この頭から去る事が無かったので困った。
「適当にカップラーメン、選んで入れて」
彼はうん、と頷くと、香奈の好みに合わせてカップラーメンを四つ選んで籠に入れた。
(帰ったら、考えをまとめて、小説として接ぎ木してゆこう。それにしたって三島由紀夫に関しては勉強しなければならない)
清算を済ませ、袋三つ分、香奈が一つ、祐介が二つ、持って帰った。
101に帰宅して彼はまず、ネスカフェゴ―ルドブレンドのコーヒー粉と砂糖をサーモスのカップに入れると、氷、水を流し入れた。
カフェインが摂れたらば、味はどうだってよかった。それを持って書斎に向かうと、本棚を眺めた。本がギュウギュウに詰め込まれていた。
彼は、この本を一読したらば、書庫としてのクローゼットに移す、一読したら、クローゼットに移すという、インプット作業を徹底して続けたらば、自分の頭というものはどうなるのだろうと、ふと、考えた。
昨晩読んだ仏教書の内容が、今、ノイズとして頭にちらつく。
そのノイズにしかと注目するように思考する。
ともかく、仏教というのは六道輪廻を断ち切る、解脱する事を目的にしている。その解脱した姿というのは、判然としてわからぬが、その前、と後で、すっかり変わってしまっているだろう。
しかし先日の通夜を通じて、祖母には、祖母のまま、その面影をどこか残して存在していて欲しい、とどこか願う。そういった人情は、自然な事ではなかろうか、と、はたと気づいて、手にとった本を落としてしまった。
日本人の気質として、仏教を受容しつつ、どこか、解脱より輪廻転生という方に重きが置かれているのでないか。彼は興味深いのでその感慨を書き留めておく事にした。そうして彼は、読書に向かっていった。さびしい、と思ったらば、丁度、昼十二時のチャイムが鳴ったのであった。
カップラーメンは旨かった。
「美味しいね、チャーシューも美味しいね」
と、大袈裟に言った。
醤油ラーメンを食べる度に、彼に想起される事があった。彼はもう三十八である。そうして四月で三十九になるのであった。
香奈は妻として、最低でもリハビリとして彼に小説を書いておいて欲しかったものだから、しきりに聞いた。
「ねぇ、小説書いてる?」
スープを一飲みすると、祐介、彼は
「小説を書く前に、小説を定義しなきゃならないね」
と言って、席を立った。




