第二十八回
ともかく不眠症から、病をこじらせた。といってもこの兆候は、遡れば、高校時代から負うていたのだった。しかしそんな事を言ってもしょうがない。心に隙があったのだ。その代わり、自分可愛いで生きた事も無かった。
自分を大切にする事を知っては、それに引っ込んでしまって頑固に揺るがない。
歩きながら、そんな事を考えていた。ともかく山の中に引っ越し、方々に足を伸ばした。
しだれ柳が風に吹かれていた。明確に目で認め、通過する。茶畑が見えてきた。ある地点まで歩いたかな、と思うと、彼は携帯灰皿を取り出し、紙巻き煙草に火を点ける。
森が揺すれ、川が急ぐ。
ピーッ、と鳥がさえずる声が聞こえる。
彼は孤独だと感じていた。しかし、敬愛する山頭火はそうは言うな、と書いている。そうして、自身は、孤寒である、と書いている。
実家に帰ると、彼はポツポツと、俳句を削作した。自由律の、山頭火の真似事であった。
詩を書き、日記を書いた。そうして、それがある程度の枚数になると、一気に清算として捨てた。
後悔は無かった。歩く方が愉しかったからだ。
下神明の狭いアパートに眠っているショットから、山を背景として森へ分け入るショットへ。大転換だった。
しかし、いつまで経ってもどこか東京を意識している。それは例えば、虫歯で歯が気になるようなものだった。彼の神経に尖っている部分が残っていた。それは父が薪ストーヴの薪を切る為に、電動のチェンソーを使用しているときなどに見られた。彼は布団をかぶって眠るか、また、外へ出てしまうのだった。
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ここまで書いて祐介は、自身の良心の呵責というものを感じずにはいられない。ともかく、東京から遁走した事実を、有耶無耶、書いて、済ましてしまった事に後悔を感じている。
しかし、どうしても、彼はそれを詳細に書こうとすると冷静でいられなかったし、精神が嫌な感じがした。
そうして問うのだ、生きかえる気持ちになる為に、精神的に何度、死ななければならないのか?と。
そうしていつまでも機が熟さないまま、忘却し、今、2026年を生きている。あと二十日で彼は三十九になる。
祐介は東京から逃げたのであるが、その後は向かっていったのである。何、と言えば自然であった。彼は自然に守られていたが、しかし自然に感動する、という事は少なかった。
何か、そこから下りてしまってもいたのだった。
勿論、茶の花を見れば美しいと思う。しかしそこに感動はあまりない。そこにはやはり遁走の結果としての自然なんだという意識が抜けないのであった。




