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第二十七回

 祐介は参っていた。筆が進まないのであった。

「それから」彼は夜の物音に敏感になって眠れなくなっていった。少しずつ少しずつ。

 遂に一睡もできずスタジオに行くと、高山店長から

「お前眠ったのか?」

の声。

 深刻になってゆく不眠症。

 遂にスタジオを解雇される、というか行けなくなって辞めてしまった。

 代わり、近くのコンビニで働きはじめる。

 両親が来て、無理に旅行に連れてゆく。

 一時、実家に帰る事になる。そこで二日間眠る。

 東京に戻る。日々、ほうけてゆく頭。世界が、街全体が怖くなり、突如、実家に帰る決心をする。

 早紀と二人新幹線に乗る。

 新幹線の中で「神様」を空に幻視する。

 あらましを書けばこれだけだ。しかし、彼はそれを詳細に語り書こうとすれば、頭が混乱してしまうし、苦虫を嚙み潰したような顔をして、原稿用紙を丸めて捨ててしまう。


 ふと、彼は、未だ書く時期ではないのかも知れない、と考えた。はっきり覚えている事だけ書く。

 高山店長は

「大人として、しっかり辞めるという事を伝えるならばそれで問題ない」

 そうして最後、店長は一杯のラーメンとビールを奢ってくれた。

早紀は言った。

「もうあなたの人生には干渉しない。この電話が終わったらお互いの携帯から、お互いの番号を消そう」

 そうして、早紀との縁は切れた。

 ともかく、彼はふるさとに帰ってきた。ふるさとで生きる事にした。死ぬ事はやめた。

 3.11が起きた。実家はマンションだったが、揺れに揺れた。そこで母が山の中に引っ越す、と言う。

 彼には遁走してきた東京の影響がまだ残っていたので、更に逃げる、意味でも引っ越しに賛成して、移った。

 ここまで書いて、くるり、のある曲が聞こえてきた。


 明るい話しよう、暗くならない内に


 自然だけが彼を許した。と言って、彼は許されていなかったのか?一番、許していなかったのは、自分自身であった。その事が今だからわかる。

 そうして彼は図書館に通いはじめる。そして種田山頭火の生涯に触れる。彼も、上京挫折の道を辿って自然の中に分け入っていった。

彼は詠む。


 どうしようもない私が歩いている 山頭火


 彼は脳病の、リハビリテーションの為に、ひたすら歩く事にした。

 そこに道があれば歩いていった。神社仏閣めぐりもした。使用されていない宗教施設もあった。茶畑に白い花がついていた。

 どこまで歩いてもスナックというのがあるのが面白かった。

 毎日、毎日、歩いた。三か月で靴を駄目にした。脳は回復し、その代わり歩き方がおかしくなった。それは現在の膝の痛みに通じている。


 

 香奈が近くスーパーマーケットへ出て、三十分経つ。彼は昼食の事を考え、自分の事を卑しく思う。そうして、今日も、午後、外へ歩きに出ようと考える。山の中でもいいが、桜の散っている、お寺さんに行ってもいい。


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