第二十四回
彼は蒲田の寮から、下神明駅付近のアパートへ引っ越す事にした。引っ越し業者を近い内に手配しておかないと、と、考えていた所、ある日携帯電話が鳴った。出ると、クラスメイトの早紀だった。
「今からそっちの寮に車出して貰うから、荷物まとめておいて」
ちょっと強引だと思ったが、物事がもう動いている風だった。
「え?今日?」
「午後でいいでしょ?」
散らかった部屋を片づけてみると、やはりギター、CDMDコンポ、数着の服、しかない。
寮長に挨拶に行くと
「急だなぁ、でももう出ちゃうのか、そうか、はやく決まったな」
と言っていた。別段、驚いた様子もなく、問題もなさそうだったので、この日、祐介は寮を発つ事にした。
午後になって、黒の大きな車が着た。
「こんにちは、祐介。寮長さんですか?こんにちは」
早紀の話を詳しく訊くと、アルバイトしているスーパー銭湯の知り合いの方が、車を出して下さるらしい。
下神明のアパート。ここに早紀は同棲生活をする気満々だった。彼女は、妹と父と三人暮らしだったが、その生活に飽き飽きしていたのだった。
「荷物、これだけ?」
祐介はうん、と頷く。
「少ないね。でも少なくて良かった」
寮の玄関に運び出していたものを、早紀とその同僚の方が、どんどん車に積んでゆく。
寮の部屋のカギを寮長に返して、出る事になった。
早紀はうずうずしているようであった。終始、明るかった。運転している同僚の方は静かであった。祐介は
「本当に申し訳ないです」
と、そればかり言っていた。車が速度を上げる度に、祐介の体は浮いている感覚になった。
東京の景色に目を凝らしつつ、こんな街もあるんだな、と思った。そうして、やっと、はじまるんだな、と思えた。
下神明のアパートに着いて驚いたのが、床一面にマットレスが敷き詰められていた事だった。きっと母がしてくれた事に違いない。
午後、西に傾く陽がよく入ってきた。暫し祐介はその光を眺めていた。
荷物を全て部屋に移しこむと、車は行く事になた。
「何も恩返しできず、すみません」
「じゃあ、明日バイトでね」
そう早紀が告げても、運転手の女性は寡黙で通した。車が行った。
「さて」
「さて」
息の合った二人だったが、実際同棲生活をするのかどうか、家賃の具体的分配の話など一切なく、早紀はこの部屋に住むと決めてかかってしまっているらしかった。
祐介はその日、一人その部屋で眠った。静かだった。
専門学校の卒業の日、に近づくにつれて、早紀の持ち物が部屋に多くなっていった。
そして卒業の日を迎えると、その日から先はその部屋で眠る日々に入ったのであった。




