第二十三回
彼の変調は少しずつ現れた。寮のベッドで横になって、夢をあまり見なくなった。そうして深い睡眠がとれているかというと、夜中突然、起きてしまう。
忘れ物が多くなった。物の管理が下手になった。ただ、財布と鍵と携帯電話があればいいと考えた。部屋が荒れていった。
物が散乱した部屋。大きなゴミ袋がそのままになって、着た服が脱ぎっぱなしになっていた。
祐介が寮の外に出ているとき、訪問者があった。祐介の父だった。祐介の父は祐介の部屋の様子を見ると、ひどく荒れていたので、一応、その様子を携帯電話のカメラに収めた。
ある日、天里さんから携帯に連絡があって、今日、出勤日に来てないじゃない、と問い詰められて、彼は慌てて一時間で行きます、と告げた。
彼はタクシーで行く事にした。仕方なかった。路上で手をあげた。
タクシーの乗って
「自由が丘、駅前」
と告げた。
しかし妙な事が起こった。そのタクシードライバーは、自由が丘への向かい方を知らなかったのか、道が混んでいた為か、道の途中で急に清算を迫ってきた。
「自由が丘に着いていないじゃないですか」
「いや、駄目。駄目だから」
何が駄目なのか。こんな事があっていいのか。と思いつつ、彼はタクシーを放り出される形になった。足からゾッと冷える感覚があった。そうして、大遅刻をしてしまった。
「葉山!あなた、一時間で来るって言っていたでしょう」
天里さんはカンカンだったが、祐介は、事情を話しても、いいや、そんな事はない、と返されるだろうと思い反論しなかった。
というより、このとき既にもう、彼は、人に何か、事細かに声を出して説明する、という勇気、を失っていた。
喋っても、彼の発声はおかしいというか、喉が震えていた。彼は咳払いを何度もした。接客業では致命的だった。
高山店長が
「葉山が喋らない!」
と気づいて
「お前、ともかく、どうでもいい事、そこで喋っていろ」
と言った。祐介自身もどうして自分が喋れないのか、わからなかったが、そう言われても、何も話す事ができなかった。
「まあいいよ、話す練習しときな」
と言われ、その場は収まったが、宿題が残る形になってしまった。
電話対応、搬入と撤収、レジ対応、声掛け・・・。すべてにおいて、彼は一つ一つのパターンを覚えるのに苦労した。そうしてパターンとして覚えるので、応用が効かなかった。頭に鉛が入ったようだった。全然、ナチュラルな感じではなかった。
遂にオーナーに呼ばれて、色々話された結果、この就労を辞める事になった。それは祐介自身の為でもあった。高山店長は黙っていた。
しかし、祐介が、辞める前日になって、女性スタッフの田畑さんが、スタジオに来なかった。スタッフ間がシーンと、静かになった。どういう事?と把握につとめたが、連絡がつかない。本当にどういう事?
スタジオは少数で切り盛りしていたので
高山店長は一言
「葉山、お前、続行な」
と告げた。




