第二十回
祐介、彼はここまで東京での音楽生活を書いて、この時が彼の音楽的ピークであったと悟った。
彼はアコースティック・ギターを持ってきて、膝の上に載せる形に座り、適当なフレーズを作ると、ひたすらそれを弾いて過ごしていた。しかし別段それを録音する事もなく、全く無為な時間だったとして、まあ、それもいいか、と済ませてしまうのであった。
スマホのスポティファイで、昔、自分が所有していたアルバムを探してみる。初期のボブ・ディラン等のアコースティックな音楽はその体が、肌が、耐えられるのだが、ちょっと歪んだエレキギターになると、全く耐えられない事に気づく。彼は真に安心できる音楽を探すが、見つからないのであった。
ここ数日、雨の日が続き、今朝も雨。
香奈が可燃ゴミを用意してくれていて、祐介はそれを出しに行くだけであった。
雨の中を走った。途端、右脚の膝が痛んだ。
歩いてゆく事にした。彼は雨が降ってくるのを、そして雲を見つめた。
ケン、サトシさん、テンショーさんの顔がそれぞれ想い起こされた。思いかえせば、みんな、骨があるというか、頑固だったなぁ、と思った。そうして自分は、優柔不断だったなぁ、と思った。
優柔不断では都会で生活できぬ。
病にかかったのも、天の采配であったとも思え、彼はじっと空を見続けていると、自然、涙が流れた。
ゴミを捨てると共に、彼はいつの間にか、何か漠然とした、大切な気持ちもいつの日にか捨ててしまっていた事に気づいた。しかし、その何かを捨てた事で、(多分、その何かとは世に、情熱というのだ)彼は論理的に、且つ自己批評的になれたのだし、つまり、自己陶酔的にならず、今、私小説も書いているわけで、何が良いとか、悪いとかは分からない。
彼は自宅に帰り、書斎に籠ると、暖房を点けた。
香奈が来て
「なんか暑くない?この部屋、夏じゃん」
と言った。彼は雨の中を歩いて帰ってきたのであり寒かった。しかし黙って、暖房を消した。
香奈がいなくなった。彼はまた、暖房を点けた。
二階から小さなアコースティック・ギターを持ってきた。彼は、彼の安心できる音楽というものをスポティファイに求める事をやめて、C、F、G、という素朴、簡単なコード進行で紡いでいった。ギターのリックを少しずつ増やしていって、和音から段々、メロディーというものに移行していった。
四月になった。
彼は何かをまたはじめなおすべきだと考えていた。
そうしてこの小さなギターと向き合う事にした。




