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第十九回

 

 サトシさんから宿題が出され、二週間考えて、一か月に二回、リハーサル・スタジオに入る。祐介はこのルーティンで回していくんだな、ずっとサトシさんとバンドを続けてゆくんだな、と思っていた。

 しかし、サトシさんから、急に話があるという事で、サトシさんのアパートの一室に向かうと、サトシさんは何やら苛々していたのか、様子が変で、サトシさんは

「まず、祐介さん、ごめん」

と、謝ったのであった。祐介は驚いてしまった。

「それがさ、軽音楽の発表会が、年イチであるらしいんだけどさ、そこでドラマーのいない一年生のバンドは、皆、俺が任される事になっちゃったんだよ」

「えー?あら。そりゃ困りましたね」

「祐介はギターだからいいけれど、ドラムスがあんまりいないわけだよね。ベースもいないけどさ。それで、俺たち、いつもリハスタ使ってるじゃない、祐介が持ってたけど、あんまり高くなかっただろう」

「そうですね。っていうか安かったですね」

「それはさ、軽音楽部で、時間の枠を決めて、とってあって、軽音楽部だから、割り引きが効いてた、みたいな話なんだよ」

「あ、そうだったんですか?」

「いや、俺も知らなかったけどさ、それを、部長かな、部長にあたる人に言われて、だから、散々、使用しているんだから、他のメンツの面倒も見てあげてくれって、頼まれちゃってさ」

「ああー、そりゃ断れませんねぇ。ひええ」

ここまで必死に話して、サトシさんは、ガッカリ、という顔をして暫し黙ってしまった。

「・・・全く、雇われドラマーですよ」

「その発表会って僕も出るんですか?」

祐介は何となく聞いてみたが、すると、サトシさんの目の色が変わって

「祐介なら大丈夫。そこは考えてある。祐介はテンショーさんと組む」

「テンショーさん?二年生ですか?」

「違う。OB」

「OB?」

「天国の天に正しい、で天正さんだよ。多分、祐介も何度か、スタジオで目にしてる筈だが、コテコテのブルースマンよ」

「わかんないすけど、ブルースなら弾けますね」

「アコギでブルースやってる人間なんて今時いないだろ?そこで祐介に白羽の矢が立ちました」

「それ、サトシさん。部長に頼まれてますね?」

「いい話じゃないか。曲は、ベイビー、プリーズ・ドント・ゴーだから。これ一曲で二十分やるってテンショーさんは言っているらしいから」

その、話しを聞いて、祐介はつい笑ってしまった。

「そのテンショーさんって寧ろ、ポジション的に我々に近しいのでは?」

サトシも笑って

「反体制派だね」

と、言った。


 テンショーさんと会ったのは発表会のライヴ当日だった。

 背の高い男性であった。手足が長い。マッシュルームカットにしており、眼鏡をかけていた。顔が祐介に似ていた。緩いティーシャツにジーンズのいでたちも全く同じだったから、部長はこの時、祐介を「葉山っち」と呼ばす、「ミニ・テンショー」と呼んで、テンショーさんと笑っていた。ともかくテンショーさんはいつもニコニコ、又はニヤニヤしていた。

「今日は宜しくね。イントロとアウトロは、僕に任せてくれればいいから」

テンショーさんはつけ加えていった。

「ブルース・セッションだけど、別に勝負とかそんなものはじゃないから。楽しくやろう」

テンショーさんはニヤニヤした。

祐介は、勝負、という言葉を持ち出されて、そんな事思いもしていないで、ノコノコ、アコギを背負って会場まで来てしまったので、恥ずかくなった。一言

「胸をお借りします」

と言った。

流行していた、メロコアや、後はニルヴァーナのカバーをするバンドが多かった。

激しいバンド・サウンドの中で、ブルースが通用するのか。祐介の不安が高まり、彼は何度もカルピスを飲んだ。

「そろそろ行こうか」

祐介と、テンショーさんの演奏の番になった。

ステージに向かって、右側にアコギの祐介。左側にエレキギターのテンショーさん。

「椅子が、椅子がいりますね、僕」

「そこのパイプ椅子を借りよう」

テンショーさんがパイプ椅子をマイク位置を気にしつつ置いてくれた。

PAシステム担当の人が、アコギをどれくらいの音量にするか聞いてきた。

「ああ、えっと・・・」

と、祐介が躊躇していると、テンショーさんが、右指を一本上に、二回上げて「とても大きく」の指示を出した。それを見たスタッフは

「了解」

と言った。

「アンプも相当温まってる」

「テンショーさん、直接、アンプにギター繋いでますか?」

「僕は、直アン、ですね。エフェクターも使ってワウくらい。後は全部、人力でやっちゃう」

テンショーさんは、流すように言ったが、この人力でやっちゃう、の意味を祐介が知るのは、演奏が始まってからだ。

 祐介のマイク・チェックで彼はこれから演奏する、「プリーズ・ドント・ゴー」を歌った。

テンショーさんはいいね、と言った顔をして腕を組んで、仁王立ちになってそれを眺めていた。

 観客は軽音楽部の部員で、お喋りに夢中だった。祐介とテンショーさんは、添え物だった。しかし、部長をはじめ、中にはテンショーさんの演奏を聞く為に、わざわざ会場に来た人もいたのであった。

「じゃあ、はじめるよー」

テンショーさんは、そう祐介に告げた。イントロは任せてくれ、って言ってたよな?と彼が待っていた。すると、テンショーさんのアンプから、ガタリ、ガタリ。と言った不可思議なノイズ音が聞こえてきた。

「?」

 その音が小さな音から、大きな音に変ると分かった。列車の走ってゆく音を、ギターで再現していたのであった。ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

(どうやってこんな音出しているんだ?)

祐介は不思議であったが、彼は彼の演奏に集中しなければならない。しまいには、テンショーさんは、ポッポー、ポッポー、ビュウ、と、汽車の汽笛の音もギターで再現したのである。

「よし、行って」

 祐介は緩いテンポで演奏しはじめた。本来、プリーズ・ドント・ゴーは、歌のメロディに被せ、ギターで歌のメロディを弾くのだが、祐介はその選択はしなかった。テンショーさんはニ十分、一曲で引っ張る、と言っていた。

歌メロディを弾くのは後半に回して、コードのバッキングで粘る、というのが手として考えられた。

 しかし、テンショーさんは早々に、この歌のメロディをエレキで弾いて被せる、という事をしてきた。祐介の、手は、封じられたのであった。

「歌、いいね」

と、言って、テンショーさんはニコニコしている。

 観客が息を呑んだ。

 テンショーさんは超絶技巧だった。祐介が十パターンのフレーズで勝負している中、テンショーさんは、百、二百、三百のパターンを駆使して「遊んでいた」。一通り、ブルースのソロの応酬で、祐介がそろそろ、限界だ、大敗です、という風な顔で苦笑したら、テンショーさんは、今度は、ヒュー、ドカン!ヒュードカン!と言った花火の音をエレキで演出し、又、祐介とテンショーさん自身、二人を祝福するかのように、キラキラキラキラ、と花吹雪のような音を出して、その演奏を締めくくった。

 観客はすっかり静かになってしまっていたが、テンショーさんが祐介に目配せして、お辞儀するように、誘うと、その拍手の量ったら、凄まじかった。


 

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