第十八回
ドラマーのサトシさんは、口下手というか頑固というか、自分の意見はあるのだが、それを事細かに説明する事は無かった。
サトシさんのアパートで祐介が持ってきたCDをかけながら、気に入った曲があると
「いいね、これやろう」
と、言ってその一曲を何度もリピートして二人聞いたのであった。
その間サトシさんは黙って聞いていたので、話し合いにはならず、祐介は缶チューハイを相手に、アパートに侵入してきた人懐っこい猫を相手にしていた。サトシさんはその猫の事についても何も言わなかった。本当に寡黙だった。
専門学校の廊下ですれ違ったとき
「なあ、ボブ・ディランのライク・ア・ローリングストーンやろうぜ」
と、サトシさんは声をかけてきた。
「え、でもあの長ったらしい歌どうするんですか」
「そういうのはいいの、あの雰囲気で」
それっきりの説明しかしないで去っていった。祐介はまるで、宿題を出されたような気分だった。
二人、リハーサル・スタジオに入ったら祐介はともかく最初、フォーク・ロックを意識して、ロー・コードで、G、C、Dという三つのコードを鳴らして弾いた。「ライク・ア・ローリングストーン」でも使用されている、「ルイ・ルイ」等にも使用されている典型的なコード進行だった。
サトシさんはそれを聞いて満足したように、ズッタン、ズタズタ、とリズムを刻んでいったが、やはり生粋のジャズ・ドラムであり、祐介は、このバンドは、ドラムを聞くバンドにするんだな、と思った。
サトシさんはちょっと手を止めると、祐介に向かって
「ライク・ア・ローリングストーンにしては、華やかな感じがないな、アンプのセッティングはそれでいい?」
と伝えてきた。
この時、祐介がしていたのが、低音重視のセッティングであって、中域、高域のツマミを段階的に、上げていった。
ギターの音色がフワッと優しくなった。
「なんかよく分からんが、華やかにいこう。そのアンプのボタンも押しな」
アンプの音を歪ませるボタンだった。
「いいんですか?ギュイーンってなりますよ」
「そうか、じゃあ、音楽が熱持ってきたら、押しな」
祐介はこの時、ドラムを聞くのが、このバンドならば、凄い解析度の低い、コピーを演じて、オリジナル曲としてしまう、というのが、サトシさんの頭の中にあるのが始めてわかった。
それを祐介が早口で説明すると
「そや、そういう事。まあ本来的には祐介も一回通しでコピーしてこなきゃいけないんだよ。それは家とかでね。でも、俺、面白くなくなったら、すぐ次行きたいから。ギターも面白くしていいけれどな。ま、それはコピーが済んでからってのが、マナーかな」
寡黙なサトシさんが、スタジオの中ではマイク越しによく喋った。
「あの、ボブ・ディランのモジャモジャのパーマ。あれ、俺はベートーベン意識してると思うわ。絶対、そう。つまり、シンフォニーの問題だと思うわ、後同じパターンのしつこい位のくりかえし、絶対。ディラン、ベートーベン狙っている。結局、華やかだし」
「シンフォニーですか。じゃあ、キー、変えます?C、F、Gに」
「分かんないな。まあやってみるか。それとな、俺、まだ、十だったら、二くらいしか出してないよ。八くらいは出したいわ」
それを聞いて祐介はちょっと驚いてしまった。なんでこんな猛者が、部であぶれているのだろうか。
スタタタタン、バシッ、バシッ。
サトシさんの目の色が変わっていた。
「ほら」
サトシが缶コーヒーを奢って渡してくれた。
「ありがとうございます」
「祐介、お前、面白いな。音楽オタクだし、手癖フレーズも一杯持ってるし。でもあれな、もしかしたら、アコギの人って感じするな」
「あ、そうです。アコースティック・ギターをずうっと一人でやっていて。最近、二人になったんですけれど。って、なんでわかるんですか」
「コード・チェンジの時の指と手の速さって、実はエレキやってる人よりアコギやってる人の方が丁寧、速いんだよ」
「へぇ」
「じゃあ、飯行くか。ここのスタジオ代は祐介持ちな。そんな高くないから。飯は俺が出してやるから」
スタジオの待合スペースは狭かったが、そのとき、練習を終えたバンドがドアを開けて機材の撤収をしていた。
「あ、ごめんなさい」
「すいません」
それから、サトシさんはいつもの寡黙なサトシさんに戻った。
二人、蒲田の雑踏を歩いてゆく。祐介は、この方向は、ラーメン「二郎」に行くのかな?と思った。
しかしサトシさんはそのラーメン「二郎」を通過してグングン歩いてゆく。着いたのは、ファミリーレストランだった。
「まあ、良いもの食べさせないと、祐介の母ちゃんに叱られるからよう」
そう言って、中に入っていった。
BGMで、ジャズが流れていたが、その中はスタジオで音を存分に浴びた身に、妙に静かだった。




