第十七回
「じゃあ、何からはじめましょう?ブルース・セッションにする?」
祐介がアコースティック・ギターの弦をチューニングしながら言った。
「ブルース・・・何?」
ケンは良く分からないといった感じだった。
「?」
祐介は困ってしまったが、ケンは
「こういうのを、思いついて弾けるんだけど」
と、言ってテンポ良くギターのフレーズを弾きはじめた。しかし、音楽ジャンルとして、それはジャズ?と言った一見、シンプルだが複雑なフレーズだった。
「良いけれどさあ・・・それは何?キーは何なんだろう」
「キー?あの、カラオケとかの?分からない」
「いや、CとかGとか、まあいいや、どんどんそれ弾いて」
祐介はそのフレーズをなぞって弾けるようになるまで、ケンの運指を追っていった。そうして、ある程度、フレーズを追えるようになると、バッキング、フレーズに対して伴奏をつけはじめた。色々試している内にケンが
「あ、今の感じ」
と言った。どの感じ?と、思いながら、とにかくジャジーなバッキングに徹する事にした。
「そう、そう」
しかし、アコースティック・ギターで、ジャジーなコードに徹しようとすると、祐介の指がすぐ痛くなった。慣れていなかった。祐介は
「じゃあ、録るか」
と言った。
祐介は白い録音機を持っていた。それにマイクを接続すると、主にケンのアコースティック・ギターを狙って、マイクをセッティングした。
「凄いじゃん、さすが音響系」
「誰でもできるよ」
そして、二人、録音する段になった。
「まず、ケンちゃんのフレーズが曲のテーマみたいなものだから、最初、いっしょにそれを弾いて、そうして僕は、途中からバッキングに切り替える。頃合いをみて、うーん、僕が何か弾くから、それで、エンディングだね」
「俺はひたすら弾いてりゃいいわけだよね?」
「うん、そう」
ワン、トゥ、スリー、フォー・・・二人、録音を開始した。しかし中々、形にならなかった。ケンがフレーズに詰まる事もあれば、祐介のバッキングにミスがある事もあり、難航した。
「やっぱりその日に録るっていうのは、無理があったかな」
「いや、でも段々形になってきたじゃん」
次を、ラストテイクにする事にして、二人、ギターを構えた。
「じゃあ、いくよ」
ケンは正確にフレーズを弾いた。祐介も真剣に正確にバッキングを弾いた。ジャン、ジャン。
一瞬の間があった。
「何か、いいんじゃない?成功したと思うんだけど」
ケンが嬉しそうな顔をして言った。
「どうでしょ、聞いてみますか」
祐介が目をつぶってテイクに耳を澄ます。
「うん、いいね。音楽になってるね」
「祐ちゃん、録音機、貸してくんない?」
「え?いいけど」
「今日、聞きながら、寝たい」
「それも良いんじゃない」
祐介はやっと安心して、微笑んだ。
ケンが帰る時になって祐介は基本的なコードの弾き方が網羅してある本と、CD、このコレクションも相当な量になっていたが、その中からエリック・サティとビル・エヴァンスのCDを引き抜いて、持たせた。
「多分、ケンちゃん、こういう音楽がやりたいと思っている、と思って。どっちもピアノ曲だけど」
「うん、また勉強してくるよ。サンキュー。また」
ケンは荷物を抱え去っていった。
その日を初めとして、ケンと祐介のアコースティック・ギターのセッションが頻繁に行われるようになった。
ケンがフレーズを持ってくる、祐介が伴奏をつける。その役割は変わる事なく続いたが、ある日、ケンがペンタトニック・スケールという音階をある程度、学習すると、ギリギリ、現代音楽として成立していた音楽が、よりポピュラーミュージック化した。
ケンは満足していたかわからないが、祐介は、どこか破綻を伴って成立している音楽というものが、しっかりしてしまって、なんだか、つまらないんじゃないかと、頭を悩ませる日々に転じたのであった。
しかしそんなケンとの日々は、祐介、彼の指を鍛える事になったし、やはり録音機に実績として作品が吹き込まれて溜まってゆくのは良い心地がした。
その、ケンとの作業と並行しつつ、彼はある決意を胸に、楽器店に赴き、初心者用エレキギター、アンプ付で一万二千円というのを購入した。そうして軽音楽部に入部して、サトシさんという学年は同じだけれど、一歳年上の方がドラムをやっていたので、組んだ。
エレキギターとドラムだけの編成だった。というのも、サトシさんのドラムはロックのドラムというより、ジャズのドラムだった。
「俺もエイトビートを今練習しているんだけど、あぶれちゃって」
「でも、チャーリー・ワッツだってジャズドラマーですよ」
その時、丁度、ホワイト・ストライプスというギターボーカルにドラムだけのバンドが流行していたので、この編成でも充分音楽が出来るんじゃないか、と、祐介は思った。
軽音楽部で稀少ベーシストがとりっこになっている側面もあった。
とにかく、高校時代、エレキギター禁止、という所で組めなかったバンドというものを、祐介ははじめて組んだ事になる。そうしてリハーサル・スタジオのアンプのツマミをいじくる日々へ入っていったのであった。




