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第十五回

 

 ベッドから身を起こすと、昨晩眠る直前、食べたお菓子のからが散乱していた。祐介はそれらお菓子のからをコンビニ袋の中にまとめると、その袋をゴミ箱に捨てた。

 ともかく、シャワーを浴びようと思い、二階洗面所、裸になり、浴室に入りシャワーを浴びた。

(自分を立ち上げてゆく)

そう、彼は念じながら、温水、冷水シャワーを浴びた。

 香奈は可燃ゴミを捨ててきた、と言っていたが、そして、肌が浅黒いから死にたい、と漏らしていた。彼は聞き流していたが、正直、その言葉に朝から気を悪くしており、それはシャワーを浴びても、去らない気持ちだった。

 今日は禁煙外来の日であった。朝十時半の予約を鈴木内科医院にしてあった。それを思うと、急に、彼は気楽に行こう、と思いかえした。浴室から出ると、新しい服を着た。キッチンの下に向かい、マールボロを喫った。咳きこんだ。明確に、喉か、もっと奥、肺に違和を感じた。

「もう潮時だ」

そんな言葉が自然に漏れた。

 納豆ご飯をかっこみ、食べ終えると一人、コンビニに向かった。喉、肺、の違和に対して、飲料が欲しかった。モンスターエナジー、カルピスを買って帰ってきた。

 香奈が掌編の小説コンテストに小説を贈るから見て欲しい、と言ってきたけれど

「親しき中にも礼儀あり、ができない人の小説は駄目です」

と、突っぱねた。後は、香奈は一人で開き直って作業していた。

 九時半になった。彼はそろそろ、鈴木内科医院に原付バイクで向かおうと思った。ちょっと早いと思ったが、ATMで医療費を下さなくてはならなかった。

 彼は黒いナップサックを見つけると、そこに財布、ジャラジャラとした鍵、そして保坂和志著「書きあぐねている人のための小説入門」という文庫本を入れると外へ出た。

 コンビニのATMで医療費五千円を下し、また、原付バイクに乗っていこうとしたとき、ドラッグストア、そしてコンビニと巡っていた香奈に遭遇し

「祐ちゃん」

と言って、今朝、彼は彼女にちょっと冷たい態度をとったのに関わらず、彼女は笑って手をふった。

祐介は、香奈をしみじみ、いい女性だな、と思いつつ、手をふりかえし原付バイクを走らせた。


 鈴木内科医院に着いたら、体温測定と受けつけを済ませ、待合室の一番後ろに座った。

 本棚にコミックス「遊戯王」が全巻揃っていて、彼はその最終巻を手にとって読みはじめた。

 そうして「遊戯王」の最終巻を読みきってしまうと、彼の頭の中に、ストーリー、という語が浮上し、「小説を書きあぐねている人のための小説入門」の、ストーリー、に該当する頁を、黙々、読んでいった。

 そうしてそこに、ドストエフスキーへの言及があると、色々な事が想起されて、脳内で収拾がつかなくなって、本を、ナップサックに入れ込むと、皮の椅子であったが、そこにゴロン、と体を横たえた。

 そうして、以前、葉山祐介は、この病院に、

母と、二人来ていた頃がある、その事を明確に思い出した。

 もうそのとき、彼は東京から遁走しており、実家の、山の奥での生活をしていたのだが、当初、母は、煙草を喫えるだけ喫っていい、と言っていた。

 しかし、彼がその、統合失調症になって、手当を受給するようになると、国から頂いているお金で煙草を喫う、なんてとんでもない、という話になり、彼は以前にも、この病院の禁煙外来にかかっていたのであった。

 チャンピックスは、最初の一週間は煙草を喫う事ができるが、薬が効いてきたらば、煙草も美味しくなくなるから、そのときを持って禁煙を開始するという薬だった。

 しかし母は、一錠薬を与えたきり、この薬を飲んでいて、煙草を喫うというのはとんでもない、という認識をしており、半ば強制的な、即、禁煙という事になった。

 彼は、実家の、硝子戸の扉をバタリと閉められてしまって、即、禁煙という事になったから、心理的に慌ててしまった。大仰だが、絶望したような気分になってしまった。

 それでも、チャンピックスはドーパミンを放出してくれる作用があるので、心理的に依存はしていても、喫いたいといえ、平気な体でいるという事に関し、彼は不思議だった。

「あれ?」

彼は何度もそういう声を上げた。

 そうして、三か月、十二週間は禁煙できたのであるが、肝心の、心理的依存というのは解消されていなかったので、ある時点で、また、喫いはじめてしまったのであった。


 思い返えしてみれば、煙草に関して、今の自宅に越してからはやりたい放題であった。

 マールボロ、ラッキーストライク、ピース、赤ラーク。ガラムも喫った。シガリロ、葉巻、

加熱式煙草に手巻煙草まで手を出していた。それは、原付バイクを飛ばせば、ドン・キホーテがあって、ラインナップが揃っていたのが原因であった。

 以前、百貨店に勤めていたとき、女性パートのウチダさんという方に彼は

「よく銘柄変えるね」

と言われた。

 そうして煙草の自販機を指さして

「あっちから、こっちまで、毎日、どんどん煙草を順々、変えていって、全部喫えばいいじゃない」

と言われた事があった。そのときは何の冗談を、と思ったが、三十八になってふりかえると、彼はそういう事に近しい事を、実際、してきた旨、悟ったのであった。

 これもいつか知れぬが今より若いとき、香奈のお父さんに祐介は

「お酒も、煙草も、追求しないとな」

と言われた事があった。

 稲垣足穂の「一千一秒物語」には頻繁に喫煙のシーンが登場してくる。煙草が重要なモチーフになっているのだ。それは冷たく、人工的な世界観であったが、彼はそういった夜の文化、といったものにすっかり毒されていたのであった。

 そして、実際稲垣足穂自身がニコチン中毒、アルコール中毒で、執筆を断念していた時期があった事を知った彼は焦った。

 そうして今、自分自身に呆れると共に、煙草と縁を切ると、新しい世界が見えてくるのではないかと思った。

 Xの禁煙成功者のポストというのも、興味深く追いはじめた。

「葉山さーん」

 彼は呼ばれた。そうして、診察室にグッと意識をしっかりさせて、入っていったのである。



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