第十三回
祐介、彼はCDMDプレイヤーを寮に持ち込んでいたが、東京でFM、AMのチャンネルを弄っていると、地元にいたときより、俄然チャンネル数が多くて驚いた。
そして、彼は風呂好きだったし、寮の冷水シャワーを浴びつづけるのもどうかと思ったが、ある時蒲田に明確に、銭湯ではないと思うが、大衆浴場があり、そこに向かう事にした。
「おい、兄ちゃん、水跳ね過ぎだ」
シャワーで髪を洗っていたら、どやされた。
カラン、と膝から落とした桶の音が反響した。
そこで彼は、大衆浴場には大衆浴場の明確なルールがある事を知ったのであった。
彼はこの時、すっかり他の寮生に感化されてマールボロを喫っていた。しかし、煙草に手を出してしまった事には理由があった。彼は鬱状態であったが、煙草を喫うと、その鬱がスッと退くような気がしたのであった。
今、思うに、煙草によって、一時的にドーパミンと共にセロトニンが放出されていたのだと思う。しかし、煙草で放出されたセロトニンの効果も長くは持続しない。祐介、彼はすぐヘビースモーカーになったし、自分で自分の首を絞めていたのであった。
専門学校の一階広場で、元トラックドライバーだったが、資金を貯めて音響を志していた先輩がいたが、その先輩はしきりに、祐介に
「煙草はやめろ」
と言ってくれた。しかし祐介も鬱に切羽詰まっていたし、もう辞められなくなっていた。
本当の所、煙草の依存に関しても、認識が甘く、今は第一ステージではあるが、もっとひどい状況に陥る、第二ステージみたいなものが、あるのではないか、と彼は勝手、思い込んでいた。そして、その第二ステージに差し掛かったならば、やめればいい、と高を括っていた。しかし、煙草の依存に関して、第一ステージも、第二ステージも無かったのであった。喫う。しばし平気になる。平気でなくなる。喫う。この繰り返しに過ぎなかったのであった。
「兄ちゃん、学生かい?」
大衆浴場の灰皿の周辺で声をかけられた。その、地元の旦那、といった風のおっちゃんは、缶入りの、小さな葉巻、シガリロを喫っていた。
「それって普通の煙草じゃないですよね?」
「これ?うん、ワインの商店があってさ、いっしょに仕入れて貰っているんだよ。葉巻っていうかさ、シガリロって言うんだけど。興味ある?一本やるよ」
シガリロを祐介が一本手にした途端、その美味しい喫い方について、おっちゃんは細かくレクチャーしてくれた。
「一回、下をまとめて炙る。そうすると火をつけたとき、全体が燃えるからな。それと一応、葉巻だから肺に入れないで、煙を口の中で留めて、舌で味わう」
レクチャーされた通りに祐介はしてみた。旨かった。
「これ、相当、旨いっすね」
「だろ?コストパフォーマンスもいいんだよ。煙草を喫うより遥かにな」
「これ、煙草にしたら幾つくらいのニコチンなんすか」
「タールでいったら、20か30はある」
「20か30!」
「そう、だからニコチンも相当入ってるから、ああ、ニコチン摂りたいなー、なんて全然思わないわけ。だからコスパが良いわけよ」
驚きつつ、へぇ、という感じで、祐介はそのシガリロを味わった。地元に住んでいたままだったら、絶対に味わえない体験と言えただろう。
おっちゃんと別れると、祐介はブラブラ商店街を歩いていった。この頃はまだ、全然、膝の痛みなんて無かった。いくらでも歩いてゆけた。
ブックオフがあって、その雑誌の量に驚いた。ブックオフにはブックオフ特有の匂いがあると思っていたが、それはインクの匂いではないかと思っていた。その、匂いを、彼はこの時明確に、印象に落とし込んだ。音楽雑誌のコーナーをちょっと見て、CDコーナーに向かった。
この時まだ彼は自分の音楽的志向というものを確立できていなかった。ザ・ビートルズ、ローリングストーンズ、ボブ・ディラン、ニール・ヤング、ポリス、日本のバンドでは、ザ・ブルーハーツが良いんじゃないかと思っていた。
彼は、専門学校で音響技術を学びつつ、ベーシックな音楽理論というものも学んでいた。
そのベーシックな音楽理論というのはスリー・コードの理論であった。しかし、このスリー・コードの理論を応用しても、その音楽的幅というものは、もう、ザ・ブルーハーツが全部網羅してしまっている。
どうしても、ギターで範奏をつけて日本語を歌詞を載せると、フォークソングか、ザ・ブルーハーツになってしまう。
自分のバンドを持つという事。そうして、ザ・ブルーハーツに回収されない音楽を展開する事・・・。これが彼の密かな野望として芽を出していった時期であった。
くるり、の岸田繁さんという方のインタビュー記事をあたった。
くるり、というバンドのファースト・アルバムは、フォーキー、スリー・コードの音楽理論の範疇であったが、どこかそれを逸脱していた。そうして、岸田繁さんの初期のくるりの練習方法として、メタルを演奏していた事を知った。
ブックオフのハードロック、メタルの棚を見る。
そうして、これじゃあないかな、と彼は見当をつけて、ブラック・サバスというメタルの元祖にあたるバンドのCDを七百円くらい出して買ったのであった。
そうして、青いブックオフの袋を下げて、彼はまた、何か面白いものはないかと、ザワザワとした蒲田の雑踏の中に消えていった。




