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第十一回


 

 この日の朝も、祐介は私小説「宿命」の連載版、それは先行する作品「宿命」の注釈であったが、その東京篇に手をつけはじめ、昨晩から、相当長い眠りに就いていた。

 起きると、香奈が荒れていた。やっと話を聞くと、顔のシミの問題で、もう嫌になっているから死にたい旨、告げた。

 祐介はヒヤリとした心境になって、彼女の告白に耳を傾けた。

 この話を聞いて、祐介は色々考えを巡らせて、芥川龍之介の「たね子の憂鬱」という小説の筋を話してきかせた。

「たね子の夫婦は、結婚式だと思うんだけど、洋食の出される晩餐会に呼ばれるわけですよ。

そうして、たね子は洋食のフォーク、ナイフの扱いに慣れてないものだから、不安で、旦那に日があるから、洋食のフォーク、ナイフの扱いなんかを一通り、教えてくれ、と頼むわけ。そうして旦那にね、その練習をさせてもらうわけですよ。そうして、実際、結婚式の日になって、それはおめでたい日なわけでしょう?でも、その洋食のマナーがしっかりできているか、いないのか、という所で、たね子は必死になって、洋食を食べる。たね子にとっては生きた心地がしないわけですよ、その会の間ね」

 ふうん、という感じで、香奈は聞いている。

「だから、たね子は憂鬱ですよ。そうしてその会が無事終わって帰る段になって、やっとはしゃぐ様な素振りをするわけです。でね、多分、今でいう大衆食堂みたいな所の前を通って、そこでマナーも何もなくある男がね、飯に・・・多分ビールも飲んでいたような気もするけれど、そこでたね子は、嫌な感情も持つわけ。そうして同時に、羨ましい、とも思うわけですよ。そういう筋」

「へぇ、面白いね」

「だからね、そのシミの事で悩んでいるんだったら、それで死にたいと香奈が思っている、感じている、という問題に対処するとして、それが美容整形か?というのは僕の感覚として疑問なんです。まあ、家はお金が無いから美容整形はできないんですけれど、そういう問題に面と向かって取り組んできたのは、三千年の歴史を持つ日本文学じゃないかと思うわけです。そういう論理間みたいなものを受けとめつつ、香奈ちゃんは生きる目的とかしっかり持っているのかな?」

「生きる目的?」

「その、美容整形できないで、人間、老いてゆくわけだから、醜さの問題、他の問題で生きる心地がしない、というのはあるでしょう。たね子と同じでね。ただね、僕もユーチューブとか色々観ているけれど、うちのお父さん、と、お母さんが、イチャイチャしてできたのが僕でしょう。こんな大きくなっちゃって。うちの母親は僕を生むときにお腹が痛くなかったって言ってたんで、そのもっと年齢を重ねたら、この男は、本当に私が産んだ男かしら、みたいな疑問も持つでしょう。それでも、

なんとも不思議な力が働いてね。それこそ、生まれて、今までこれから、生きてゆくわけでしょう。この不思議を考えるに、なんとこの世に生まれたものぞ、という考えが去らない。その、香奈ちゃんも若いんで、すぐ、死ぬ、死ぬ、言うでしょう。それもわからないでもないけれど、僕は絶対、死にたいとは言わない。まあ鬱症状なんだけど」

 祐介は最後、ちょっと笑った。

 香奈が応えた。

「わたしの生きる目的って小説書いて、認められる事しかないわね」

 香奈はじっと何か考えているようだった。

 しかし祐介の言葉でも極端な考えから離れたばかりで、彼女とシミの問題はやはり、彼女自身が向きあってゆくしかない事だった。

 祐介、彼が二階キッチンの換気扇の下、マールボロを喫っていると、香奈が背中から抱きついてきて

「ごめんね、わたし、シミ、シミ、大人げない事言って。考えすぎて頭がパンクしそうだった」

と言った。

「そりゃ、自分の顔についている問題だからねぇ。そりゃ考えがグルグルまわるの、わかるわ。でも大人げないっていうか、シミは大人になって現れる敵だからねぇ」

祐介はちょっと笑った。

「お茶のペットボトルがあと二本余っているんだけど」

「あ、じゃあ一本くれる?」

「うん。でも祐ちゃんのお金で買ったものだよ」


 

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