第十回
東京上京の折、祐介が持っていたのは服数着、CDMDプレイヤー、ギターのみであった。
彼は専らの風呂好きだったので、風呂の時間になれば、すぐ風呂に向かったが、風呂は終始混んでいた。
そうして普段、風呂に湯を入れる前の時刻に浴室に向かい、冷水シャワーを浴びるようになった。湯は出なかったからだった。
気づいた寮長が
「冷水で済ませているのか。冷たくないか」
と言った。
「いえ、全然、平気です」
と、彼は流した。
給食が朝、夕、出た。自然、各々座る席が決まってくると、グループが出来る。
コウという医療系を専攻している男が言った。
「祐介、この後、夜食買い出ないか」
祐介はコウについていった。
コウは寮の門の外に出るなり、マールボロライトを喫った。
男が煙草を喫うのをしっかり見たのは、子供の頃、叔父さんがセブンスターを喫っていたとき以来だった。
コウが白い息を吐く。ヤニの香りが蛍光灯の下に広がった。
「喫わないの?」
コウは言ったが、彼は断った。コウは福島の田舎の高校出身と言っていた。田舎過ぎて高校生にもなると、母親が煙草をすすめてくるんだよ、と言っていたが、彼は半信半疑だった。
コウに同じクラスのヤス、というのがいたが、彼は内臓を悪くしており、給食も別メニューが出されていた。それにしては、平気でカップラーメンを夜食で食べるので、コウはしょうがない奴だと思っていたらしい。ヤスはコウにかまいたがったが、コウの方が顔の血色を変えて
「どっかいけよ」
と不満を露わにしていた。
ある日、珍しくヤスの部屋に祐介が呼ばれると、彼は自身の高校が甲子園に出場した際のVTRを、祐介に凄く見せたがった。
暫くコーラを飲みながら、祐介がそのVTRを観ていると、ヤスは満足げになって、祐介に一枚のパンフレットを渡した。
「これって・・・」
新興宗教の勧誘のパンフレットだった。
ヤスは皆がここに行っている、僕の内臓の話も親身になって聞いてくれた、と疑いもなく語るので
「お前、もしかしてお布施とか要求されてないよな?ただ、話聞いてもらっただけ?」
と、祐介が聞くと
「うん。みんな真剣に僕の話を聞いてくれた」
というから
「なぁ、ヤス、家族の写真とかある?」
と訊いた。
ヤスは家族写真を見せてくれた。写真にはしっかり仏壇が映っており、「南無阿弥陀仏」の掛け軸までしっかり飾ってあった。
祐介は動揺を鎮めて、ヤスの家族の話を詳しく聞いた。ヤスは長男坊であるらしかった。
「ヤス、ここ行ったって事、一応お父さんに話した方がいいぜ」
「親父とは今、仲悪いんだ。高校で教わらなかった数学の問題が今になって必要になって、塾費用を出して欲しいって言ったらカンカン」
「いや、そうじゃなくてさ」
「コウも誘ったんだけどさ、見てみな、ほら、耳、切れてるだろ」
一悶着あったようだ。
「ヤス、悪いけど、俺もパスだわ。とにかくお父さんと仲良くね」
暫く間があって、祐介はヤスの部屋を出た。
この後、ヤスはどんどん寮内、又専門学校のクラス内で孤立を深めていったようだった。コウが、あんな奴友達じゃねぇ、と言っていた。
ヤスは自暴自棄になったのか、クラスメイト数人をパチンコに誘ったらしい。俺のお金でどんどん打っていいからと。やけに羽振りがいいと、クラスメイトがどんどんパチンコを打ってゆくと、予算が無くなったのか、ヤスはその場から逃げたらしい。その態度にクラスメイトの反感を買ったのだが、祐介はそんな、ヤスはATMじゃないんだからよう・・・、と擁護したい気持ちもあったが、動向を見守る事にした。
ある晩、祐介がコンビニのアルバイトで深夜番を任せられている事を忘れて、眠ってしまった事があった。何度目かの携帯電話への着信音で目が覚めて、青ざめた。
寮の玄関は固く施錠されている。
祐介は考えて、二階の、ヤスの部屋に行った。
「どうした?祐介」
「悪い、ミスしちゃってよう、ここの二階、低いだろ、その窓から外に出させてくれねぇ」
「いいけど飛び降りるのか」
「悪いな」
祐介は、思った通り、この二階が案外に高くない事を確認すると、ヤスの部屋の窓から外へ飛び降りた。
ドス。無事、着地した。ポケットの鍵の束が地面に落ちただけで済んだ。
「悪いな、ヤス」
「でかい声出すんじゃねぇよ、祐介、ばっかだなぁ」
「ヤスの声の方が大きいよ、じゃあな、ありがと」




