第一回
戸建の住居に101の数字が玄関に刻印されている。隣の住居は102であるが、いつも雨戸が閉められている。若い女性が一人で生活しているようなのだが、用心の為、雨戸を閉めているのだろう。101の葉山祐介、香奈夫妻とは、交際が無かった。
近くに畑があった。玉葱とじゃがいもが植えられていて、この畑は、祐介の父が所有しているものだった。まだまだ、畑として、利用できるスペースがあった。
「じゃがいもの葉はどうだい、出ているかい」
母方の祖母の通夜の最中、休憩室で談話していると、祐介の父が香奈に聞いた。
「ええ、最近?かな?緑の葉がポツポツ出ています」
祐介が前のめりになって応えた。
「今朝見たけれど、かなり出ているよ、父さん今から楽しみだね」
父はそうか、と言うと
「でもまあ、畑も人生の手段に過ぎないからな、人生の目的をしっかりすることだ」
と、祐介に諭すように言った。
「市の、冊子にまた選ばれていたものな、お二人さん」
祐介も香奈も文芸に凝って、市の発行している文芸誌に応募していた。
祐介は、詩が選に入った。香奈は小説が選に入った。式場で出迎えてくれた叔父さんも、地方の新聞の切り抜きを出して、褒めて下さったので、二人は嬉しかった。
祐介の母はお茶を入ったお椀に手をあてながら
「本当にお二人さん、頑張っているわねぇ」
父が
「変わった事を書いているから選ばれるんだろうな」
と言った。
「自分でも、ともかく、原稿用紙三頁起こして、さあ、と言った気持ちで送ってるんだけど、審査結果が出て、そうして授賞式であたらしい雑誌を渡されて、その、活字になったのを見るんだけど、俺、こんな事書いたっけ?って思うんだ」
祐介の言を聞いていた香奈が
「あ、その気持ちわかるかも」
と言った。祐介の父と母は微笑んでいた。
通夜が終わり、祐介の母が運転する緑のクーパーで、式場を後にしようとしたとき、香奈が預かっていたご香典返しを、休憩室に忘れてきた事に、香奈が気づいた。
「わたしとってきます、待っていてください」
車の中で、母と祐介と残されると
「でもほんとそうね。人生の目的。また何か物を書くんでしょう?お祖母ちゃんの為にも続けてね」
と、母は祐介に告げた。
祐介と香奈が101に帰宅すると、香奈はすぐ、フォーマルスーツを脱いだが、祐介、彼はフォーマルスーツの上だけ脱いだきりで、原稿用紙の前に向かった。
「祐ちゃん、服脱いで」
「うん、うん」
人生の目的。彼は指についたお焼香の匂いを気にし、洗面所で手を洗うと、今度はノート・パソコンを立ち上げて、自身が書いた私小説「宿命」のあらましを確認した。そうして、今後、私小説を書く、としてすべては「宿命」の注釈である旨、書いていた。
ぼんやりと、しかし確かに祖母の事を考えた。もうすぐ、自分が三十九歳の誕生日を迎える事も気になっていた。
そうして、彼は全く、小説という人生の手段に傾倒し、リハビリ施設に通えていないということ。いいや、小説こそ、リハビリになっているという事。彼は原稿用紙に書くべき事を、まとめる、という事をはじめたのであった。




