第3話 その名を呼べば全てが変わる
乙神さんと僕は八王子駅へ向かう大通りをバイクで突っ走っていた。ここから目的地までは結構遠いはずなのだが、アンドロイドが暴走している話がもう広まっているのだろうか、ビル前の歩道で立ち話をしている人々の表情は不穏だった。
「今回はしょうがなくだからな。何言ったって引きずり回してもついてきそうだし…。あと、結構運転荒いから落とされるなよ!」
乙神さんはバイクのアクセルを強く踏み込み直線を突っ切った。その風のせいで僕の顔の皮は揺れに揺れ、彼の言葉通りかなり荒い運転だ。
「あの、乙神さん。…その暴れてるアンドロイドって強いんですか?」
「喋り方堅いなぁ…。レイでいいよ、俺もミナトって呼ぶからさ」
「あ、う、うん」
「多分大したことないよ。自我レベルも戦闘能力もかなり低い。逆に、自我がないから危険だとも言えるけど…」
自我がないから”人質”なんて概念がないし、暴走列車と変わらないとうう意味合いだろうか。
そうだとしたら、なおさらユウが危険だ。
「実は、アンドロイドの製造方法ってのは今の時代誰にも分からないんだ。今生き残ってる少数のアンドロイド…大体5万台いるって言われてるかな。そいつらは、1000年以上前の時代背景が判明していない”空白の期間”に製造されたとされているんだ。けど、奴ら空白の期間の記憶が揃いも揃って意図的に削除されている。空白の期間中に何があったのか研究している学者も世界にはたくさんいるけど、唯一の頼み綱であるアンドロイドがこんな感じじゃあな…。それに、アンドロイドは大部分は人型タイプで占められているから俺達の周りにいたとしても気づかれにくい。だが、今回の様な自我が低い非人型のアンドロイドは人に危害を加えやすいから見かけたら警察に所属している専属能力者によって処分されやすい。ここ数10年はほとんど見たことがないし、ホント、どこからひょこっと出てきたのかは謎だなあ。まぁ、人型のほうが凝った造りで頭も働くし戦うんだったら厄介さ」
「…へ、へぇ。詳しいんですね…」
「まあ、仕事柄ね」
小難しい話が多く頭がパンクしたが、父さんが朝言っていたのもこの事だろう。確かにアンドロイドという存在が居ることは少なからず理解しているが、僕や誰かの知り合いにいるという話は一切聞いたことがない。
数が少ないとはいえ、僕達と共存するためにはアンドロイドというステータスを隠して生きていかなくてはいけないのだろうか。皆で仲良くというのはこの世で通用しないのだろうか。なんだか、あれこれ深く考えれば考えるほどこの世は冷酷で悲しくなった。レイの運転するバイクが大通りの信号を曲がると、とちの木通りを駆け抜けた。八王子駅の南口へ繋がっている道路だ。
昔ながらの建物と風情のある街並みが特徴で、北口方面の繁華街ほどではないとはいえ、この時間だったら近くの学生や会社員達でそれなりに盛っているはずだ。しかし今日は違う。泣き叫ぶ悲鳴と逃げ惑う人々でいっぱいだった。
「ミナト、ここからは危険だ。気をつけろ」
「グルァアアアアアアアアアアア!」
目の前に噂の彼がお出ましだ。全長二メートル程だろうか。獅子舞のような顔と全身鋼鉄に覆われた犬型のアンドロイドが八王子駅の南口ロータリーの中央あたりで獣が如く咆哮の声をあげていた。そして、とてつもないほどの鋭い眼光でバイクをかっ飛ばしている僕達2人を見つめてきた。すると、僕は光る牙にユウがダルンとした状態で咥えられているのを発見した。
「―――ユ、ユウ!あの子だ!早く助けないと!」
「大丈夫だ落ち着け。あの状態だとおそらく怪我はないだろう。意識を失っているだけだ。俺が助けに行くから君は周りにいる人達の避難誘導をしてくれ、頼んだぞ!」
「お、おう!」
レイは目標から少し離れた車道にバイクを止めると、黒い鞘から綺麗な鉛色に煌びゆく刀を抜いた。そして腰を低くし前のめりになり右足を踏ん張って地面から離すと、ジェット機のような目にも留まらぬ速さでアンドロイドの方へ飛び込んだ。
「…す、凄い速えー」
同じ人間だとは思えず言葉でもうまく表せられない。彼は一体何者なんだろう。そうか、もしかしてあれが専属能力者なんだろうか。
この世界には、本当に数えられる人間にだけ使える異能力がある。別の呼び名では業使い。業を扱うから業使いだ。
その能力は炎を出せるとか、水を操れるとか、他人の思考に入り込めるとか、人それぞれだ。
大昔は僕達のように能力を持っていない普通の人間しかいなかったが、1000年ほど昔にファーストブロックで突然業使いが生まれたのちに能力が発現する人間が徐々に増えたらしい。
警察や情報局では業使い達に専属能力者という役職を与え、アンドロイドや凶悪犯と戦っているらしい。僕も、業使いを生で見るのは初めてだ。
そして、レイは持っていた刀で狂犬のアンドロイドの顎を切り裂き、口元が緩まったのを見計らってユウを抱きかかえ救出した。とても同じ人間の動きとは思えなかった。そしてレイはユウを抱えたまま風の様に僕のいる駅前交差点奥の道路へ戻ってきた。
「ミナト、この子は気絶しているだけだ。援護が来るまでここから離れて安静にしといてくれ」
ユウは目を開けていなかったが、目立った怪我や傷はなく無事そうで僕はほっと安心した。
でも、僕は人類を超えた力を持つレイを目の当たりにし、今考えるべきではないことで頭の中が一杯だ。
僕も、業使いになりたかったな…って。
「あぁ!あ、ありがとう!でも、レイ…あんたは…」
僕が疑問を投げかけると、レイは狂犬のアンドロイドがいる南口の方へ体を向け態とらしく靡く前髪で顔を隠しこう言った。
「名乗る程のことでもないよ。俺はあいつを倒しに行ってくるから。その子と一緒に君も安全な所へ逃げろ」
目立つのが嫌いで能力者と公言することに抵抗があるのだろうか。僕だったら周りに言いふらしたいぐらい嬉しいけど、バレたくない人だっているのかもな。
レイの正体についてははぐらかされたが、きっとこの人に任せれば安心安全だ。強さは何よりもの保証だ。
レイは安心した表情を僕に見せると、次は容赦しないかのような表情で狂犬のアンドロイドを睨めつけ刀と共に走り去った。
「す、凄え…」
僕がレイの動きに感心し見入っていると、皆避難しきって静かなはずなのに幼い女の子の泣き声が後ろから聞こえてきた。
「うぁああああん!もう嫌だよー!」
年齢は4、5歳位だろう。僕は一瞬彼女をどうしようか戸惑ったが、ユウを一度小さいビルの陰になっている歩道に寝かせた。そして、誰も乗っていないバスや車が乗り捨てられガラス片や瓦礫がそこら中に散らばる道路を器用に走りその子の方に駆けつけた。
「君大丈夫?ここは危ないから早く一緒に逃げよう!」
「で、でも怖いよ…」
「大丈夫!僕も一緒に付いているから!ここにいるほうが危ないよ。早くあっちの安全な方へ移動しよう。ほら、僕の手を繋いで!」
もちろん僕だって怖かった。だけど年下相手に情けない姿を見せるわけにもいかない。 震えないように…僕だったら大丈夫…大丈夫だよと自分を諭し、女の子の手を取って優しく声を掛けた。
「…グスン。う、うん。ありがとう」
そして、女の子は涙をヨレヨレになったトレーナーの裾で拭い笑顔をこちらへ向けた瞬間だった。
「――――しまったっ!ミナト!危ない!逃げろ!」
レイの焦る大きな声が遠くから聞こえてきた。
「グルラァアアアアアアアアア!」
レイが手を滑らせてとどめを刺しそびれたのを良いことに、狂犬のアンドロイドが僕達の方に突進してくる。
「―――――――――ミナトッ!」
僕、いや、あいつが向かってくるのは女の子の方向だ。
「キャ、キャーーーーーーーー!」
その時だった。僕はこの騒動で下に落ちていた鉄パイプを手に取って間一髪の所でアンドロイドの鋭い牙に押し当て食い込まさせた。僕のちっこい体で動かない様にと腕と足にグッと力入れたが、この巨体相手にあと何秒持つか分からない。
「早く逃げて!ここは僕がどうにかするから!」
「で、でも…」
「早くっ!」
彼女は後ろめたそうになりながら瞳を潤わせ逃げていった。この時、初めてカッコつけ過ぎたかもなとちょっぴり後悔した。全身全霊、この身体に漲る全ての力で攻撃を耐えてやろう、こういう時は気合や根性で何とかなるもんだと自分に言い聞かせたが、もう限界だ。
熱が体にこもるばかりで汗が止まらない。足も生まれたての子鹿のようにピクピクと震えてきた。もう駄目だ。弱気になったその時、咥えさせた鉄パイプを滑らせカコンと地面に落としてしまった。
やられっぱなしだった狂犬のアンドロイドが僕をギロッと見つめ、唸り声を上げているのを見て一瞬で足が竦んでガタついた。
死の脅威。そして、死がすぐそこにある恐怖。
「…た、助けてーーーーーー!」
これが、僕の遺言だ。
僕には将来への生きる希望があるのにここで死ぬなんて溜まったものじゃない。来年頃には大食い選手権チャンピオンとして有名人になって、父さんと一緒に旅行に行って、ただ楽しいこと沢山したかっただけなのに。
最期の言葉は「助けて」で終わった。
大声で助けを求めると頭を抱え体を丸めた。しかし、その声を発してから数秒経っても体が痛くない。
「なん…で…?」
恐る恐る閉じた目を開けると、歯を食いしばるレイが仁王立ちになって僕を庇っていた。右腕を狂犬のアンドロイドに噛まれていたのだ。
「――――レイッ!」
「グルゥゥゥゥゥ…」
どうしよう、僕のせいだ。僕が出しゃばったせいでレイが死んでしまう。自分を庇ってこうなっているのに怖くて、傷つくレイを直視できない。でも、そんな甘えたこと言っているわけにもいかない。僕は噛まれた痛々しいレイの右腕を凝視した。
しかし、びっくりした事にレイの右腕からは溢れ出たものは血ではなかったのだ。
「アンド…ロイド…!」
そう。それは精巧に作られた機械のパーツ。人間の器官のように各パーツがそれぞれを繋ぎそれぞれの役割を担って生を作っている。しかし、相当硬いのだろう。狂犬のアンドロイドは肉の無い骨をゴリゴリと削るように噛むと同時に人間の内臓のように機械のパーツがぶちまかれる。
「くっ…醜いだろう?こんなカラクリ仕掛けの身体。君を騙して悪かった。でも、俺は外面だけの人間もどき。今の時代アンドロイドはイレギュラーな存在なんだ。差別される。だから、自分に誇りを持てなかった。言いたくなかった…。だがもういい。俺の事は良いから君だけでも早く逃げるんだ」
僕はそう淡々と話すレイの姿を見て自分の惨めさ、弱さ、すべてを悟った。
それがただただ悔しくて右手で拳を作り、グッと握りしめた。この状況で逃げるしか選択肢がない何の役にも立てない弱い僕なんか要らない。僕のせいで誰かが傷つくんだったら僕なんか要らないんだっ!
今の絶望的な状況を打破できる強ささえあればと、歯を食いしばった。
そんな力なんて少しもないのに…。
『か…れ…を…助け…たい…?』
遠くから声が聞こえる。うっすらと女性みたいな丁寧口調の若い男の声だ。聞いたことないけど家族のような安心感のある安らかな声。ノイズ混じりの電話の声みたいにはっきりと全ては聞き取れないが、僕の脳に訴えかけている。
「だ、誰!?」
『…の心に…今はまだ…眠っている…。それで…彼を…助けたいの…か…』
「そりゃ助けたいよ…!あんたが誰だか分からないけどレイを助けたいよ!」
『では…私の名前を呼ぶん…だ…。名には…力が宿るから…。そうすれば…すべてが変わる…』
何がなんだか分からないがここから形成を逆転する方法をこの男は知っている。確証はないが僕には分かる。こいつに従うしかない。
『――――――そう…私の名は…』
「――――――――ガイア!」
僕は天高くまで届くような大声でその名を叫びそして唇から血が出るほど歯を食いしばって握りしめた親指を力強く押した。
――――――――その瞬間だった。
突然ピカッと閃光弾が空から落ちてきたかの様に一瞬で辺りが見えなくなるほどに光った。目の前に小さな太陽が現れたように眩しすぎて、このまま目を開けてたら失明してしまいそうだ。
「グルアアアアアアアアアアア!」
狂犬のアンドロイドはその衝撃で苦しそうな唸り声を荒らげ、レイの腕を噛んでいた口元を緩めた。
「レイ!こっちへ!」
眩しくてしっかりと目を開けられなかったが、レイが掴んでくれるのを信じて腕を伸ばした。すぐさま彼はその声に答えるかのように僕の腕をギュッと固く掴み、二人後ろへ下がった。
「ミナト、ありがとう。…今のはお前がやったのか?」
「わ、分からないけどガイア…とかいう男の人の声が聞こえて私の名前を呼んでくださいって…それで、親指をポチッと押したら…。僕も意味分かんないけど…」
「…ミナト。それは…。聞いてくれ。この世界には少なからず”業”という特別な能力を使える者が存在する。お前もその1人かもしれん…。ガイアとかいう男の声が聞こえたのがどんな因果関係かは分からないが、君は業使いで間違いない。業は生まれつき保有している人間がほとんどだが、まれに他者を守るという強い意志や怒りがきっかけで後天的に業使いになれる人間もいたりする。きっと、ミナトの優しい心が内に眠っていた力を覚醒させたんだ」
「そ、そんな!僕が…!?」
信じられないがそれは僕がまさに求めていた夢であり幻だった。自分が業使いである確率は宝くじ何等相当なんだろう。もしかして1等が当たるよりも低確率なんだろうか。ドッキリ企画や夢かもしれないと自分を疑いほっぺたをつねったがツンと痛い。
しかし、業を使えるか使えないか決まるのは基本的に生まれつきだと聞いていたし、生まれて10数年一切そんな兆候は無かったからとても驚いた。だが、なにより嬉しかったし、ワクワクが止まらない。
彼が言うように後天的という線が濃厚だろうが、今日襲ってきた光の玉と何か関連性があるのではないかともやもやする。
「凄い!凄いぞミナト!その能力凄まじいものと見込んだ!だからとにかく今はあいつを引き付けてくれ。そしたら俺がこの刀でとどめを刺す。よろしくな!」
他人任せの言葉を言い放ち、責任放棄したレイは早々と立ち去ってしまった。
僕は、その状況を把握するのに放心した。
「…?…は、はぁーーー!?無責任すぎるだろ!ふざけんな!」
何勝手なこと言ってやがるんだ。この八方美人男め。
「ぐるるるるあああああああ!!」
「ひ、ひぃ!」
レイにゲンコツを食らわせたいがそれどころじゃない。唸り声を上げて狂犬のアンドロイドがゆっくりゆっくりと僕を見つめながら歩いてきた。先程の攻撃でかなりお怒りの様だ。僕は震え上がりレイが向かった駅の方へ転がる様に逃げていった。すると、狂犬のアンドロイドは猛スピードで僕の方向に突進してきた。
「タンマッ、タンマタンマタンマ…っと見せかけてー!こ、これで終わりじゃあーー!」
学習能力の無い犬だ。余裕の表情を見せ僕右手で今さっきのポーズを取り親指を押すと何故か逆の手の平に何かが乗っかっている感覚がした。
「て、あれ?」
手元に現れたのはよく風呂に浮かんでいる様な真っ黄色のアヒルの人形だった。そしてついさっきまで風呂に浮かんでたかのように何故か生温いお湯が人形から僕の腕に滴り落ちてきた。単純に気持ち悪い。
「今さっきと違うじゃないかぁ!」
期待を裏切られ僕の頭の中は真っ白になり体が固まっていると、アンドロイドはスピードを緩める気配がないまま突撃してくる。
「あぁあ!んもぉ!どーしてこーなるんだよーー!もしかして、この能力ランダムって訳!?」
僕はそう叫びながら一目散に逃げ出した。取り敢えず逃げている間ダメもとでも良いからと、親指を押しまくった。要らないゴミが掌からわんさか出てくる。しかし、ランダムということは数さえ撃てばいつか良い能力にも巡り会える。そう信じてとにかく攻撃を仕掛けた。
「あー!もう無理無理無理!レイどうにかしてくれよ!」
そうこうしているうちに駅前のコンビニを通り過ぎた。恐らく100メートルは走っただろう。そして僕は半泣きになりながらじゃれつく犬と戯れるように駅ビルの下にあるタイル張りのロータリーをぐるぐると駆け回った。
「ミナト!寄せてくれてありがとう!どいていろ!」
上の方向からレイの声がした。僕は立ち止まって見上げると、駅と直結している歩道橋の手すりにレイが刀を取り出し立っていた。
「これで終わりだーーーー!」
そう叫ぶとレイはそこからアンドロイドの上に飛び乗った。そのまま人間でいう頭蓋骨に当たる部分を刀で貫き頭から喉にかけて光の線が溢れ出た。
そして、狂犬のアンドロイドの甲高い断末魔が辺り一帯に響くとそれを最後にこの街に静寂が舞い降りた。




