第8話 CASE2、お姉さん系サバサババ新人バイトちゃん・獅戸玲緒奈の場合③
「んでさあ、最新話見た? 房総半島の回」
「もちろん見たよ。癒されるよね」
「いいよなあ。うちも行ってみてえ。海行きてえ」
「行きたいよね」
「なあ。この職場ってさ、仲間と遊びに行くみたいなイベントないの?」
「無いよ」
「え、さすがに打ち上げとかはあるっしょ?」
「無いよ」
「マジかよ……。残念だな。前居た居酒屋は毎週打ち上げあったし、毎月バーベキュー行ってたぞ」
「そっちの方がマジかよ……」
居酒屋で働くウェーイ集団、すげえわ。行動力が違いすぎるだろ。
こちとら読書好きの陰キャ集団だぞ。打ち上げ行く暇あったら、家帰って読書でもしてるわ。……でも、職場の仲間と打ち上げとかバーベキューとかちょっと楽しそうだな。
学生時代のそういう集まりは反吐が出るほど嫌いだけど、気が合う仲間と一緒なら楽しそうだよな。
業務中、獅戸さんとはアニメや漫画の話で盛り上がった。
こういうのを語れる仲間が欲しかったんだよなあ。鹿島くんは案外そこまで詳しくはないし、店長は詳しいけど、そういうプライベートのことを話す感じではないしで、久しぶりに味わった感覚だ。
結局、指導はそっちのけになってしまったけれど、要領いいしあんまり教えなくても大丈夫だろ。
そうこうしていると、獅戸さんの前にお客さんがやってきた。
「すみません。『頭が良くなる10の方法』という本はどこにありますか?」
「はい……。えーとですね……。鳥越くん、ヘルプ!」
そうだよな。獅戸さんはあくまで初日だもんな。
仕事できすぎて、初日感が皆無だった。さすがの獅戸さんも、教わっていないことはできない。
「よし、せっかくだから、在庫の調べ方を一緒にやってみよう」
「お! 頼りにしているぜ、鳥越くん!」
レジカウンター裏にあるパソコンを開き、在庫検索のページを開く。
パソコン画面をまじまじ覗く獅戸さん。そんな大きいパソコン画面ではないせいかおかげか、獅戸さんの身体がぎゅうぎゅうと俺に密着している。……なんだか柔らかくて神聖なものが俺の腕にひっついてくる。
いかんいかん! 今は接客中だ! 煩悩退散煩悩退散!
「『頭が良くなる10の方法』でお間違いないですか?」
「はい」
「こういう自己啓発系の本は似たようなタイトルが乱立しているから、タイトルを一言一句間違えないように注意。検索窓にタイトルを打ち込んで検索っと」
検索結果の画面には見事に一件だけヒット。
「一言一句でも間違えれば検索ひっかからないから注意してね。『カンガルー書店』のザコ検索エンジンなので。ぐーぐる先生みたく、誤字脱字を察する能力ないから」
「うぇー、大変だー」
「んで、タイトルの横に店内在庫って欄あるの分かる?」
「えーと、どれどれ? 悪いな、うち最近目が悪くて」
獅戸さんがパソコンの画面に近づく。それに伴い、獅戸さんの顔が俺の顔に接近する。間近に綺麗な獅戸さんのご尊顔が!
……って、何回煩悩がこんにちはしてるんだ、この野郎!
「……なあ、それでどうするんだ?」
「あー、ごめんごめん! 店内在庫1ってあるでしょ? つまり、この店に1冊あるということだ」
「なーる」
今気づいたけど、獅戸さんメモ持ってないじゃん。それでこれだけ要領いいって、獅戸さんの頭はスーパーコンピューター富岳でも搭載しているの?
「それではご案内します」
俺はお客さんと獅戸さんを連れて、ビジネス本コーナーにやってくる。
「本の順番はタイトル順と作者順の二パターンあって、うちの店は本の種類によって違うからややこしいんだけど、ビジネス本はタイトル順だから、『あ』の欄を探すと」
「あ……これ?」
「それは『頭が良くなる仕事』。俺たちが探しているのは『頭が良くなる10の方法』だよ」
「うぎゃー。ややこしー」
そうなんだよなあ。
俺もこういうビジネス本とかは読まないから、このコーナーはあまり得意ではないのよ。たまに間違えるし。
といっても、お客さんにとっての店員は『全知全能の存在』なので、得意不得意など知ったことではないのである。
ようやく『頭が良くなる10の方法』を探し出すと、お客さんに手渡す。
「お待たせしました。こちらでございます」
「どうも」
こうして対応はうまくいった。
それを見た獅戸さんは目を丸くしている。
「さすが、ベテラン。頭下がるわー」
「獅戸さんならすぐ俺を超えるよ」
「お世辞なんて言っても意味ねえぜ」
これがお世辞じゃないんだよなあ。