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第7話 CASE2、お姉さん系サバサババ新人バイトちゃん・獅戸玲緒奈の場合②

「1000円のお預かりで230円のお返しになります~」


「はい。クレジットカード支払いっすね。端末に差し込んでください」


「あざっした~」


 結論。獅戸さんは、めちゃくちゃ仕事できました。


 仕事で分からされたのは俺の方でした。

言葉遣いはアレだけど、とにかく要領がいい。一度教えたことを完璧に理解している。典型的な『しごでき』タイプ。

 さすがは、バイト経験豊富なだけはある。これだけ仕事ができれば、慇懃無礼な態度に多少は目を瞑れるというわけか。

 昨日と教え方を変えたわけではない。卯月さんと全く同じ要領で指導したから、嫌でも差が浮き彫りになってしまう。いないところで比べてごめんよ、卯月さん。


 とりあえず、今日一日レジに立たせて、完璧に覚えさせよう。そうすれば、未来を見据えたときに、卯月さんと獅戸さんでペアを組んだ時に対応できるからな。


「ねえ。鳥越くん」

「『くん』って、俺一応先輩だよ?」

「前、働いていた居酒屋は、皆くん付けかちゃん付けで呼んでいたから、いいんじゃね?」

「ここ居酒屋じゃなくて本屋だから」

「まあ、バイトなんだし、いいんじゃね? え、バイトだよね」

「そうだよ。悪いな、正社員じゃなくて」

「お互いフリーター同士、仲良くしよーぜ」


 なんだ、この距離感の近さは。

 一応、今日初対面の先輩と後輩という関係でやらせてもらっているはずなんだけど……。

 卯月さんも距離が近いと思ったが、少しタイプが違う。卯月さんは少なくとも先輩に対する礼儀を感じられたが、こいつは違う。……完全に俺をなめている。

 まあ、昔からなめられるタイプだからな。学生時代に後輩にパン、買いに行かされたことあったっけ。おい、辛いこと思い出させるな。あ、自分から思い出してたわ。

 獅戸さんから、ため口はで話続ける、という確固たる意志を感じる。そのおかげで、かなりフランクに話すことができるのは確かだ。

 この人心掌握術が、色々な職場でやってきた証左だろうか。


「さっき、ちらっと話題出たけど、獅戸さんってバイト経験豊富だよね」

「あー、まあ普通じゃない? 四月まで居酒屋で働いていて、その前はコンビニかな。あと、テレビ局とか引越しの手伝いとか、ゲームのバグチェックとか、化石発掘の手伝いとか……」


 枚挙にいとまがない。

 どうやら履歴書に書ききれないくらい豊富なバイト歴があるようだ。アルバイトのバイキングかよ。

 対して俺はこのバイト一本でやらせていただいております。短いスパンで色々な仕事を経験するのと、一つの仕事だけを極めるの……果たしてどちらがいいのだろうか。

 とにもかくにも、それだけ色々な仕事を経験していては、そりゃあ、これだけ仕事覚えるのも早いんだろうな。


「そんなスーパーアルバイターの獅戸さんは、どうしてうちに?」

「ウチさ、漫画とかアニメとかめっちゃ好きでさ。そういうものに触れたいと思ったんだよね」

「いいね」


 真っ当な理由だ。

 「全国の書店員さんに聞いてみた。書店員を志した理由は?」的なアンケートの堂々一位だろう。

 かく言う俺も、ラノベやらアニメやらが好きなオタクだったからこの仕事を初仕事として選んだ。居心地良すぎて初仕事を十年やっているのはどうかと思うけど。


「鳥越くんもそういの好きなん?」

「うん」

「いいね~。ウチの周り、そういうの好きな人あんまり居なくて。語れるの嬉しいわ~」

「そうなんだね。今期、何見てる?」


「今期何見てる?」。これは、一瞬でその人のアニメ理解度を図れる魔法の質問。アニメファンの踏み絵である。


「うーん、そうだなー、ちょくちょく見てるけど、あれ面白いよな。『たびっこ』。今、二期やってるよな?」

「『たびっこ』か! いいね!」


 『たびっこ』とはアニメファンの間で最近話題の、可愛い女子高生たちが、自由気ままに全国各地を旅する日常系のアニメだ。このアニメの影響で、自宅絶対主義のオタクたちが家を飛び出し旅行に赴く、という革命を起こした、素晴らしい作品なのである(脳内オタク特有の早口)。


 といっても、まだまだ二期が放送中とこれからの作品であり、一般層に波及しているわけでもないので、『たびっこ』をあげる時点でディープなアニメファンであることが伺える。

 ふむ。獅戸玲緒奈。合格とさせていただこう。きみは“こちら側”の人間だ。

 

「鳥越くんも『たびっこ』知ってるの?」

「そらもちろん!」

「誰推しなの?」

「そら『みっちゃん』でしょ。あのクールな感じがたまらないよ」

「残念。ウチ、『まいちゃん』派~」

「よろしい、ならば戦争だ」

「いいだろう。ウチが徹夜で『まいちゃん』の魅力を語りつくしてやる」

「望むところだ。獅戸さんは、原作見てるの?」

「うんにゃ。アニメだけ」

「ふっふっふ」

「なーにがおかしい?」

「我々は今、何者だ? そう! 書店員! 原作を読まずして、書店員を名乗れまい! ほら、あそこのコーナーをご覧なさい! アニメ化作品コーナー! このコーナーは何を隠そう全て俺が管理している! 当然、絶賛二期放送中の『たびっこ』も陳列済みだ! ぜひ、原作も手に取ってみてくれ! アニメでは収まりきらなかったエピソードも保管しているよ!(オタク特有の早口)」


 みんなのオタクスイッチはどこにあるかな?

 俺は、好きな作品が人と被った時~。

 スイッチがオンになってしまった俺は、仕事そっちのけで獅戸さんをアニメ化作品コーナーに連行する。そこから『たびっこ』の原作を取にとり、獅戸さんに手渡し原作の素晴らしさを啓蒙する。

 普段草食のオタクは、推しの作品を薦める時だけは肉食になるのだ。


「仕事仲間にまで営業をかけるとは書店員の鏡だね、鳥越くん。嫌いじゃないよ」


 キモオタムーブをかました俺に、獅戸さんはご満悦な表情。嫌われなくて良かった!


「すみません! レジお願いします!」


「すいやせーん。らっしゃいませー」


 気づけば、お客さんがレジに立っていた。

お客さんよりもバイト仲間とのトークを優先してしまうなんて。小生、バイト歴10年のベテランアルバイターにあるまじき痛恨のミス!

 しかし、俺よりも早く獅戸さんが対応していた。初日の新人が、バイト歴10年の大ベテランを反応で上回った……だと……⁉

 あまりにも『しごでき』すぎて眩しいぜ……!

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