第6話 CASE2、お姉さん系サバサババ新人バイトちゃん・獅戸玲緒奈の場合
「なんでも言うことを聞くか……。なんでも……」
昨日、卯月さんが最後に言った言葉が脳内でリフレインされる。
「なんでも言うことを聞くって何ですか?」
「うおわっ! 鹿島くん⁉ いつの間に⁉」
「ずっと居ましたよ。鳥越さんが、隣でブツブツ言っているから話しかけずらかったんです」
「それは……すまなかった」
「それはそうと、今日は二人目の新人が来ますね」
「そうでした」
俺は頭を切り替えて、次なる新人さんのデータをインプットする。
毎度のことながら店長から手渡された、二人目の新人バイトの履歴書を眺めている。こうして丸裸な新人の個人情報を見ていると、何かの法に引っかからないか不安になる。
二人目の新人バイトの名前は獅戸玲緒奈さん。24歳での女性で、学校は卒業しているみたいだ。
俺は彼女の職歴(バイト歴)を見て目を丸くした。
コンビニに居酒屋、食品工場等々……。バイト歴は豊富。
それを見て安堵する。これだけ仕事の経験があれば、昨日の卯月さんのようなことにはなるまい。
「鹿島くん。今日も俺は新人に付きっきりだから、また通常業務よろしく」
「レジですか? それとも売り場ですか?」
「とりあえず、売り場やってもらおうかな」
「昨日の二の舞にならないでくださいよ」
「それを俺に言うか……? 言うなら今日くる獅戸さんに言ってくれよ」
「ですね。じゃあ、先行ってますよ」
「おけ。俺は新人を待ってるよ」
事務所で新人を待つこと数分。
腕時計で時間を確認すると、集合時間である午後五時を回っていた。
初日から遅刻……? なんだか嫌な予感がしてきたぞ……。
更に待つこと五分。
「おざます」
「おざます」じゃねえんだわ。
バイト初日で遅刻しているとは思えないほど、砕けた口調で噂の二人目の新人がやってきた。
派手なアッシュゴールドの髪をさっぱりとしたショートヘアでまとめている。黒レザージャケットを着飾り、銀色のピアスと細身のネックレスをつけ、サングラスをかけたその様はまるでプライベートの芸能人のようだ。
「きみが獅戸さんかな?」
「うぃっす。獅戸玲緒奈っす」
「獅戸さんの教育係を務めさせていただく鳥越です。よろしくお願いします」
「よろしくー」
まるで地元の友人と一緒にいるときのような砕けた口調で話す獅戸さん。一応先輩と後輩なんですけど、俺ってそんなに威厳がないんですかねえ……。
そもそもだ。彼女は五分以上遅刻しているが、申し訳なさそうにする素振りすら見せない。
優しく接するがモットーの俺だが、ダメなものはダメと注意するのもある意味での優しさだろう。
「獅戸さんね。一応勤務時間は五時からになっているんだけど、きみが来た時間何時か分かってるかな?」
「……すんません。ちょっとメイクに時間かかっちゃって。うちにとって五分前はぴったりと同じだから。ま、細かいことはいいんじゃね?」
こいつ、今全サラリーマンを一瞬で敵に回したな。そもそも、普通にため口なんだけど。あまりに自然で気づくなかったわ。
こんな態度で、数々のバイトをこなしていたことが信じられない。時間を守れないのは、悲しいが、社会人としては失格だ。
「今日は初日だから大目に見るけど、バイトとはいえ一応社会人だからね。次から気を付けるように」
「ごめんてごめんて」
手で背中をバシバシ叩かれた。……本当に何なんだ、この新人は。
もういい。決めた。この子には強めにツッコむ。
「獅戸さん。とりあえず、サングラス外そうか」
「おけ」
サングラスを外すと、キリっとした麗しい瞳が露になる。美形な顔はメイクでばっちりと整っている。卯月さんが可愛い系なら、獅戸さんは完全なる綺麗系。その綺麗な素顔に思わず引き込まれそうになる。
思わず彼女の顔に魅入っていると、
「もしかして……惚れた?」
「……んなわけあるか!」
結局最後まで終始掌の上で転がされてしまった。これではどっちが先輩でどっちが後輩か分からない。
仕事で分からせてあげますか……。