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第54話(第一部最終話) ENDLESS かけがえのない新人バイトちゃんたちと共に未来へ

 そんな不意の言葉に、左隣にいる玲緒奈、右隣にいる兎紗梨、そして兎紗梨の隣にいる猫屋敷さんが、ギョッと一斉に俺の方を向いた。


「何言ってんだよ、急に。そんなの当たり前だよな。なあ、皆」

「はいっ! だって、私、せんぱいのこと好きですし、ずっと一緒にいたいと思っていますよ。ねぇ、せんぱいっ」

「私も、鳥越さんにお世話になりっぱなしですし、まだその恩を返していません。恩を全て返し終わるまで、一緒に居させてください」


 新人バイトちゃんたちの嬉しすぎる言葉に、自然と涙が零れそうになる。


「あれ、鷹雄くん、泣いてね?」


 玲緒奈が俺の顔を覗き込み、目ざとく見つけている。


「わぁ、本当だ! せんぱい、可愛いっ!」


 兎紗梨が屈託のない笑みで、茶化してくる。


「何ですか、これ? やっぱり最終回ですか? 深夜の海の映像をバックにエンドロール流すんですか?」


 猫屋敷さんが薙刀のような鋭い切れ味のツッコミを入れてくれる。


「まったく、きみたちは……最高の新人バイトだ!」


 キラリと眩しいその表情は、おそらく俺史上最高の笑顔だったと思う。

 そして自然と両隣にいる新人バイトの手を握る。

 これは決してエロい気持ちになったからではない。エモい気持ちになったからである。エロではなくエモである。一文字違いでこんなに違うんだね!


 両隣にいる兎紗梨と玲緒奈は、俺の意図を汲んだのかぐっと握り返した。

 そして、兎紗梨は示し合わせるように、猫屋敷さんの手を繋いだ。

 全員が確かに繋がっている。職場という特殊なコミュニティーで繋がった絆は、確かに今日まで連綿と紡がれている。


「そういえば、鷹雄くん。夢とかってあるの?」


 玲緒奈の口から、そんなふとした疑問が飛び出した。


「夢……か」

「別にアルバイトが悪いとかは言ってねえよ。うちだって、そうだしな。でも、鷹雄くんのことならなんか夢があって、今そうしているんじゃないかなって」


 その質問は、鋭利なナイフのように俺の魂に突き刺さるものだった。


 夢……。

 いつの間にか消え失せてしまったけれど、あるにはあったんだ。


 それは、このアルバイトを始めて自分の中で軌道に乗った時だった。この『カンガルー書店』が大好きになって、その時抱いた夢だった。

 その夢を実現するために、『カンガルー書店』の正社員に応募した。

アルバイトとして何年も勤め、これだけ愛しているのだ。絶対に受かると思っていた。だが、現実は甘くなかった。


 斜陽産業と呼ばれる書店業界の中で更に崖っぷちに立たされている『カンガルー書店』の正社員採用は形骸化していたのだ。

でも俺はこの書店で働くことしか考えることが出来なかった。それくらい俺はこの『カンガルー書店』が大好きだった。


 いつか正社員になれるのではないか、とそんな淡い希望を抱き、ズルズルとアルバイターとして働き続ける。

 だが、一向に正社員にお呼びがかかることはなかった。

 気づけばバイト歴10年という、面接官が泡吹いて倒れるような、意味不明な略歴になってしまったのだ。


 年を取ると、どんどんひとりぼっちになる。

 俺みたいな陰キャアルバイターは尚更。

 周りは結婚し、家庭を持っているのだと思う。

 思う、というのはそういった情報すら俺の耳に入ってこないからだ。人生からドロップアウトしている陰キャアルバイターと連絡を取り合う意味なんてないからな。

 俺の『夢』は、絶対に一人の力では叶えられない。

 周りの力があってようやくスタートラインに立てる夢。


 だからこそ、一人になるにつれ、その『夢』のことなんて忘れてしまったのだ。


「夢……あるにはあったよ」

「今は無いってことか?」

「そうなるな」


 絞り出したように出した答えに、玲緒奈は面白いことを提案してきた。


「なぁ。その夢を今、この海に向かって叫んでみたら? 口に出したら案外、また目指してみようって思うかもよ?」


 海に向かって夢を叫ぶとか……そんなリア充がするようなこと、アラサーの陰キャがするなんて恥ずかしすぎるだろ。


 でも……。

 玲緒奈の言い分は一理ある。


 そうだ。今の俺は、一人じゃない。

 こんな可愛くて頼りがいがある、最高の仲間がいるじゃないか。

 この子たちが俺の『夢』に直接関わるかは置いておいて、何かしらの力になってくれるかもしれない。


 言おう。口に出して、俺の『夢』を――。


「分かった。言うぞ」

「せんぱいの夢聞くの、なんかドキドキしちゃいますねっ」

「エッチな本をたくさん読みたいとか、そんなしょうもないオチで終わらないでくださいよ?」


 海に限りなく近づく。


 ざざーん、と不意なさざ波が俺のつま先に触れた。

 どこまでも広がるこんな広大な海にとって、しがないアルバイターの夢なんてあまりにもちっぽけすぎるだろう。


 でもこの瞬間だけは聞いてくれ。


「俺は……! 『カンガルー書店』みたいな素敵な店を作りたいんだーー‼」


 叫んだ瞬間、海がビクンと揺れ動いた気がする。

 少しは俺の夢が海に届いたかな?


「へー、思ったよりいい夢じゃねえか」

「素敵な夢ですぅ。もっと好きになっちゃいましたよ、せーんぱいっ」

「変なオチじゃなくて良かったです」


 気づけば、三人の新人バイトが寄り添ってくれている。


 この子たちと一緒に居れば、本当に叶うかもしれない。

 そんな不思議な力が、この新人バイトちゃんたちに確かに備わっていた。


「なぁ、深夜の海をバックに写真撮らないか?」


 どこから取り出したのか、玲緒奈のスマホにはいつの間にか自撮り棒がついていた。


「いつの間に……ってか、自撮り棒持参してきていたのかよ」

「陽キャに自撮り棒は常備品だぜ」

「本当かよ、それ。というか、陽キャが陽キャって自称するか、普通?」

「細かいことは良いんじゃね?」

「おっ、久しぶりに出たな、その決め台詞」

「決め台詞じゃねえわ!」

「海と一緒に自撮り棒で記念撮影とか憧れちゃいますぅ!」

「陰キャの私にとってはあまりにも縁遠いイベントですが、楽しそうだからヨシ」

「おーし、いくぜー。皆、カメラ見て~」


 俺たちは玲緒奈のスマホを中心に寄り添い、レンズに集中する。


「はい、チーズ!」


 深夜の海をバックに俺、兎紗梨、玲緒奈、猫屋敷さん、全員が写る最高の写真を撮ることが出来た。


 この四人の絆は永遠に続いてほしいな……。


 ★


 ――十年後。


「パパ、起きて~」

「ぐほはっ!」


 熟睡中、急にお腹に衝撃が走る。

 ぼんやりと開けた視界に、ちっこい足が見える。


「パパ、起きて! おしごと!」

「……うんにゃ、ああ、もうこんな時間か」


 全身にガタが来ているアラフォーの身体を起こし、ちょこんと俺の膝上に乗っている子どもの頭を優しくなでる。


「起こしてくれてありがとな、ひな」


 鳥越ひな、五歳。俺の可愛い愛娘だ。

 ひなはとてとてと、小さな足を一生懸命動かし、階段を駆け下りていく。


「パパ、おそ~い。ごはん、冷めちゃう!」


 ダイニングテーブルには、ラップにかけられた冷凍チャーハンと市販のパンとヨーグルトが置かれている。素っ気ない朝ごはんだが、これも我が家らしい。


「ママは?」

「もう、お店に行っちゃったよ~。パパ遅いもん」

「そうか。パパも行かないとだね」


 妻が用意した朝ごはんを食べていると、ふと、普段ダイニングテーブルに置いていないはずの写真立てが目に入った。


「ひな、その写真、どうしたんだ?」

「パパの部屋に入った時、見つけたの~」

「こら。パパの部屋に勝手に入ってはいけません」


 その写真は、十年前、当時俺が働いていた店に偶然入った、三人の新人バイトと海に行った時、撮った一枚だ。懐かしい。

 懐旧の念に駆られていると、ひながふと、こんなことを口にした。


「あっ、ママ!」


 そこには確かに俺の妻の若かりし頃の姿が、その写真の中にあった――。


ここまでご覧いただきありがとうございました。

この話をもって、第一部完結でございます。

現在、第二部構想中ですので投稿までしばらくお待ちください。

全三部構成の予定となっております。

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