第53話 新人バイトちゃんたちと深夜のドライブ⑦
「Ah~~♪♪」
サービスエリアを出て再び走り出した車の中は、いつの間にか居酒屋からカラオケに事業形態が変更していた。
発端は玲緒奈だった。「そういえばこの車って音楽流せるの?」、そんな彼女の何気ない一言から始まった。
うちの車はブルートゥース完備で、スマホと同期すると、スマホに入っている好きな音楽を車内で聞くことが出来る。
それを聞いた途端、玲緒奈はウキウキで「カラオケしよーぜ!」なんて言う始末。
「いいですね~」と兎紗梨、「アニソン歌いまくります」と猫屋敷さん。
「んじゃ、うちからな」と玲緒奈が自分のスマホと車のブルートゥースを同期させ、音楽を流し始め今に至るという流れである。
玲緒奈は握りこぶしをマイクに見立てて熱唱する。
彼女の歌声は一度二人でカラオケに行ったときに聞いたが、相変わらず上手い。目隠ししたら、本物の歌手が歌っていると勘違いしてしまいそうだ。
「あざっした~。車カラオケめちゃくちゃ楽しいな! これ発明じゃね? 採点機能無いのが悔やまれるけど」
「玲緒奈さん、めちゃくちゃ歌上手ですね~!」
「あっ、これ前期やっていたアニメのオープニングですよね」
玲緒奈が歌い終わり、車内は大盛り上がりだ。
「次は誰が歌うんだ?」
「じゃあ、流れで、玲緒奈さんがさっき歌ったアニメのエンディング曲行きます」
「おっ、いいね~。ってか、さりげなく、うちのこと玲緒奈呼びしてくれてる! ありがとな!」
「……私も皆さんのように玲緒奈さんのことを下の名前で呼びたくなって」
「良いですね~、まさに青春っ!」
次の猫屋敷さんが歌い、その次に兎紗梨が歌う。俺は運転中なので遠慮したが……。
車の中で行われる小さな青春。それに確かな幸せを覚えた。
☆
高速道路と別れを告げ、インターを降り、下道を快走する。
見知らぬ隣県の深夜の道路は、同じ日本の道路にも関わらず異国に来たような、そんな感覚を覚える。
「うわっ! 皆、見て見て! 海だよ!」
思わずいつもの敬語を忘れるくらい興奮気味の兎紗梨が歓声をあげる。
進行方向左手に見えるのは、闇に染まった海。
まるで闇落ちしたかのようにダークな雰囲気を纏う深夜の海は、昼の穏やかな海のイメージとは正反対だ。
だが、その光景が余りにも神秘的で、嫌なことや辛いことで埋め尽くされている心が、一気に洗い流されるような、そんな感覚に陥る。
海辺の駐車場に停め、車のドアを開ける。
ドアを開いた途端、びゅおっ、と浜風が肌を叩く。
俺たちは示し合わせたように、駆け足で砂浜に出る。砂浜といえば真夏の灼熱を想像するが、深夜の砂浜は冷気を帯びている。冷たさと熱さの二面性、まるでツンデレ系のヒロインのようだ。
「うわー、めちゃくちゃ綺麗ですぅ~」
「昼の海も好きだけど、深夜の海もまた格別だな」
「このシーンを最終回にしたらどんな作品でも名作になる説出したいです」
「本当、凄いな」
眼前に広がるのはダークブルーの海。
無限の広がる海はどこから来て、どこまで行くのだろうか。そんなことをおぼろげに思う。
今見ている海たちは、昨日までは全く違うところにいて、偶然同じところに来て、明日にはまた別々のところに行ってしまうのかもしれない。
そう考えると……。
ふと、隣を見る。
そこ居るのは、兎紗梨、玲緒奈、猫屋敷さん。俺にとってはかけがえのない大切な、同じ店で働く新人バイトたち。
年齢も出身も性格も境遇も何もかもバラバラで、そんなバラバラの四人が今こうして同じ景色を見ている。
それこそ目の前の海のように。
そうか、これは奇跡なんだ。
こうして何もかもバラバラな四人が一緒にいることは。当たり前だと思っていたけど、なぜか海を見てそれを実感した。
そんな奇跡を実現させたのは、同じ職場で一緒に働いている仲間という摩訶不思議な関係性。
だからこそ、逆に怖くなる。
奇跡のような関係性だからこそ、それが崩れるのは一瞬なのかももしれない。
俺たちは家族でも友人でも恋人でもない。仕事を辞めれば、次の日から赤の他人になる、儚い関係。それこそ、どこに行くか分からない明日の海のように。
そう考えると、急に怖くなる。もし、彼女たちが一斉に明日辞めたとしたら……。
俺は生きていけるのだろうか。一人になった俺はちゃんとやっていけるのだろうか。
「ずっと、一緒にいような」
そんな気色の悪い言葉が喉から零れ落ちたのは、完全に不覚であった。




