第46話 卯月兎紗梨のターン③
「と、とにかく、一旦落ち着いて。助手席に乗ろうか」
「はーい、せーんぱいっ」
頭を冷やすために、卯月さんを助手席に座らせる。
その間、卯月さんは俺に熱視線を送り続ける。彼女の瞳がピンクの波動を纏っている。あ、これ恋する乙女の目だ。
……アニメで見た知識だけど。
「と、とりあえず、走らせるよ」
「はーい」
助手席に乗る卯月さんは妙にしおらしい。
時刻は現在、午前一時半を回っている。冷静に考えて、こんな時間に見知らぬ場所にいるのは結構マズい。
とりあえず、知っている土地に出ないと落ち着かないので、車を走らせる。
街灯はあるにはあるが、都市部からかなり離れているためか、かなりまばらで、ほとんど真っ暗である。
しかし、どこに卯月さんを送り届ければいいのだろうか?
当然、駅は既に終電を送り、役目を終えている。
となれば、家に直接送るしかないのだが。女の子の家を俺が知ってしまって、セキュリティ的に大丈夫なのだろうか。
「卯月さん、どこに送ればいいかな?」
卯月さんはその問いに、うーんと考えるように首を傾げ、
「うーん、ホテル?」
とんでもないことを口走った。
「何言ってんだ! 家の近くまで送る!」
「せんぱいのけちんぼ。過ちを犯しちゃっても良いんですよ?」
「~~~ッッッ⁉」
「あ、せんぱい赤信号」
「やべっ!」
動揺しすぎて、普通に事故りそうになったんだが。いかんいかん、深呼吸、安全運転。
卯月さんが変なこと言いまくるでせいで、俺の心臓が持たない。
そして続く無言タイム。普通に気まずいんだが。
あれ、告白されたんだよな? もしかして、ここまで全部俺の妄想だったとか? モテなさすぎて、ついにおかしくなってしまったのだろうか。
「……せんぱい?」
「はい」
卯月さんは助手席で顔を真っ赤にして、両の指を絡ませあいながら、もじもじしている。
「いきなり変なこと言ってごめんなさい。返事とかは……今は大丈夫ですから」
「急に言われて驚いたけど、嬉しかったよ。ありがとう」
やっぱり、あの告白は夢でも妄想でもなかったらしい。未だ実感がわかない。
「でも、考えておいてくださいね。良い返事、待っていますからね」
「……う、うん」
どうすればいいのだろうか。
いや、当然嬉しいよ。嬉しいに決まっている。
こんな超絶美少女の新人バイトちゃんに告白されるなんて、世の男性全ての夢が凝縮されたイベントだろう。
だが……だからこそ、こんな可愛くていい子だからこそ、返事は慎重に考えなければならない。
まず、俺は卯月さんのことを好きなのだろうか……?
可愛くて元気で明るくて、ちょっとおっちょこちょいなところも彼女の魅力だ。後輩として人として大好きだ。
大好きだけど……それは女性としても含まれるのか?
分からない――。
くそっ。何のためにラブコメの作品を年間いくつも見ていたんだよ。
こういう時のために使うんじゃないのかよ。ラブコメの主人公たちは、こういう時にどういう判断をしていたっけ?
分からない。やっぱり分からない。
そもそも、だ。
仮に俺が卯月さんを女性として好きだとして、この子と付き合う資格はあるのだろうか。
向こうは、学歴が良くて若くて可愛くて、将来に希望しかない。放っておいても、超絶スペックイケメンがお迎えに来るだろう。
対して、こっちは何の将来性も無いアラサーアルバイター。
誰がどう見ても不釣り合いだ。マッチングアプリでもこの二人は絶対マッチングしないだろ。
「あの~、それと、私のこと名前で呼んでもらいたいですぅ」
「え……どうして?」
「だってだって、玲緒奈さんも下の名前で呼んでいるじゃないですかー。玲緒奈さんだけズルいですー」
「分かったよ、兎紗梨」
「~~~ッッ」
名前で呼んだだけなのに、兎紗梨は顔を熟したリンゴのように真っ赤にさせ、身体はウサギのようにぴょんぴょんと跳ねている。
とりあえず、兎紗梨がいつもの調子を取り戻しつつあるので良かった。
「兎紗梨、今日は色々辛かっただろうから、ゆっくり休んで」
「せんぱいこそ、私のことたくさん助けてくれて疲れただろうから、ゆっくり休んでくださいっ」
「おお。ありがとな」
「ほんとうに、だ~いすき、せんぱいっ」
「~~~ッッ!」
今度は俺の顔がゆでたタコみたく真っ赤になる。
こうして余りに長すぎたXデーは、ようやく終わりを告げるのであった。




