表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/54

第44話 卯月兎紗梨のターン

「今日は散々だったな~」


 シャワーを浴びて、部屋に戻る。

 水泳するときのようにベッドに一目散に飛び込むと、棚に挿さっているラノベを手に取って開く。怒涛のような一日が過ぎようとしている。


 俺が勝手に定めたカンガルー書店七姫店のXデーは、お世辞にもハッピーエンドとは言えなかった。

 結果的に、大切な新人バイトが傷ついてしまったという事実は、悔しくて悲しい。

 気づけばずっとあの子たちのことを考えている。たかが職場の先輩後輩という関係。でも俺にとっては、とっくに大切な存在だったんだな。

 そろそろ寝ようとヘッドボードに置いてあるデジタル時計を流し見ると、既に日付が変わっていた。深夜0時15分。

 猫屋敷さんのメンタルは大丈夫だろうか、玲緒奈の身体は大丈夫だろうか、卯月さんは無事に帰れているだろうか。

 やっぱり考えてしまうのは、三人の新人バイトのことで、ラインのメッセージボードを開いた。


 そこには、その新人バイトの一人からメッセージが届いていた。


《卯月兎紗梨:せんぱい、助けてください》


 その緊急性のあるメッセージに、全身が粟立つ。喉に手を入れられて、かき回されるような不快感に苛まれる。

 何らかの事件や事故に巻き込まれてしまったのでは?

 そんな最悪な想定が脳内を駆け巡る。


《どうしたの、卯月さん⁉》


 返信を送ると、パジャマを脱ぎ捨て、普段着に着替え適当なジャケットを羽織る。


《卯月兎紗梨:ごめんなさい。迷っちゃって》


 とりあえず、事件等に巻き込まれたわけでは無さそうなので、そっと胸をなでおろす。

 とはいえ、緊急性のあることには変わりない。

 車のキーを手に取り、迎えに行く準備を整える。


《今、どこにいるの?》

《卯月兎紗梨:ボーっと電車に乗っていたら、小田畑駅という知らない駅に来てしまって。終電が無いから帰れないんです》


 小田畑……⁉

 職場がある七姫や、うちがある昼南の隣の隣の隣町だぞ。

 ここから車で三十分くらいはかかる。

 なんで、卯月さんはそんなところにいるんだろう?


 ……そういうことか。

 七姫駅を通る路線の終着駅に小田畑駅が指定されることがある。

 卯月さんは今日の出来事がショックで降りる駅を逃してしまい、終着駅までそのまま乗ってしまったというわけか。


《分かった、すぐに迎えに行く! 駅のどこにいる?》

《卯月兎紗梨:駅前のロータリー? のベンチにいます》


 車のキーを施錠し、乗り込みカーナビの目的地を『小田畑駅』と設定する。想定通り、所要時間は三十分。


《分かった。今から迎えに行く。法定速度内でかっ飛ばすけど、三十分くらいかかると思うから待ってて》

《卯月兎紗梨:本当にありがとうございます》


 そのメッセージを見届けると、車を発進させる。

 深夜のロードウェイをかっ飛ばす。

 勿論、法定速度は守りつつ。こういう時くらい、法定速度を無視してかっ飛ばせよ、と思うかもしれないが、だてに優良ドライバーを十年やっていない。

 法律を無視しては、今日のおっさんと同類になってしまう。

 それに都内は信号が多い関係で、速く走ったとしても時間はそう変わらない。

 やがて知らない道に入っていく。そういえば、小田畑は行ったことないなあ。


 こうして車を走らせること三十分。

 「目的地に到着しました。お疲れさまでした」と、機械音声が車内に響く。どうやら目的地である小田畑駅に到着したようだ。

 車のヘッドライトは見知った顔を照らした。

 ベンチでうなだれていた卯月さんは、こちらに気づきようやく笑顔になった。


「お待たせ、卯月さん」


「せんぱーーーーい! 会いたかったですーーーー‼」


 卯月さんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺を見つけるなり猛ダッシュして抱きついてきた。

 よほど怖かったのだろう。あれだけ整っている卯月さんの顔が崩れていた。

 髪はぼさぼさで、目元や頬が赤らんでいる。卯月さんの額から流れた汗の匂いが、俺の皮膚に触れ鼻腔を擽る。

 ああ、いい匂いだ。……っていかんいかん、こんなシリアスな状況で何を考えているんだ、俺は。

 とにかく俺は卯月さんの頭を優しくなでる。今はそれくらいしかできない。


「時間かかってごめん。急いだらもうちょっと早く来れたけど、道路交通法違反はしたくなかったから」

「ふふふ。そういうところもせんぱいらしくて、素敵です」

「大丈夫だったか? 怪我とかしていないか?」

「大丈夫ですよ。私の大ポカのせいで、こんな時間に車出してもらって怒らないんですね」

「さすがに、今日の一件があって怒れるわけないだろ」

「いつもせんぱいは優しいですけど、今日は特に優しい気がします」


 ふふふ、と俺の胸元で笑う卯月さん。良かった、だいぶ調子が戻ってきたみたいだ。


「とにかく車に乗ろう」

「はいっ!」


 エスコートする途中、卯月さんは俺の腕を離さなかった。

 とろけそうなくらい柔らかい大きな胸が、俺の腕をぎゅうぎゅう締め付ける。

 今日の卯月さんはちょっとおかしいかもしれない。まあ、あれだけのことがあったんだ。精神が不安定になるのは致し方ないか。


 車に乗るや否や、事件が起こった。


 卯月さんが運転席に座る俺に覆いかぶさってきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ