第41話 カンガルー書店七姫店のXデー⑥
「あん、何だテメエは!」
「ただのベテランアルバイタ―ですよ」
「ベテランアルバイター? ああ、そっかテメエ、このクソ店の従業員か。どうなってるんだよ、この店は!」
「この度は、うちのスタッフの粗相大変申し訳ございませんでした。ただ、お客様の行為は度を越えています。いくら何でも、うちの大切なスタッフを傷つける真似は許しません」
「るせえ!」
おっさんは俺の手の拘束を解き、そのグーパンで俺の頬を殴り飛ばす。
「きゃあ!」
卯月さんの悲鳴が飛ぶ。
クソほど痛い。……だが、それでいい。
ここは防犯カメラがしっかりと映る位置。これで確実にお前は豚箱行きだ。ベテランアルバイターを舐めるなよ。
咄嗟におっさんの両腕を掴み再び拘束する。そしてにらみ合いが続く。
……いや、めっちゃ怖いよ。俺はただのベテランアルバイタ―。仕事がちょっと出来るだけで、ラノベの主人公みたいにチート能力を持っているわけではもちろんない。
仮に、向こうが元格闘家のバリバリのファイターだったら、ボコボコにされるわけだし、万が一刃物を持っていたら命の危険だってある。
だからこそ、我々みたいな庶民は警察という国家権力に頼るしかない。国家権力が来るまでのわずかな間、なんとか耐えるしかない。
「客にこんなことして、タダで済むとは思うなよ!」
おっさんの脅しにも負けない。
「それはこっちのセリフですよ。あんたがこれから向かうのは家じゃない、警察署だ」
「けーさつだとおお? テメエ、まさか通報したのか⁉」
「当たり前でしょ。当店は治外法権じゃないんですよ」
時間にして十分少々だろうか。
その時間が無限に感じた。
そしてようやくやってくる。
店に入ってきたのは二人組の警官だ。
「警察です」
その一言だけで、いかなる場を制す絶対的な存在だ。
事情聴取のため、俺、警官、おっさん、そして新人バイト三人は事務所へと入っていく。
俺は事の詳細を話しつつ、防犯カメラ映像を流す。
そこにはしっかりとおっさんの暴言、暴力が残っていた。
おっさんは警官二人によってパトカーで連行され、ようやくカンガルー書店七姫店に平穏が訪れた。
だが警察沙汰になった災害レベルの事案に、新人バイト三人の生気は完全に抜け落ちており、まるでKOされたボクサーの如く、ぐったりと椅子に座り込んでいる。
当然、閉店業務なんてしている暇なんてなく、これから出来る状態にもない。
「と、とりあえず、閉店業務してくるから。皆、一旦事務所でゆっくり休んでくれ」
閉店業務をこなし、店を閉める。時刻は十時半を回っていた。十五分以上も業務時間をオーバーしている。
事務所に戻ると、本当に三人もいるのか疑いたくなるくらい、所内は無音だった。
……正直、なんて言葉をかけていいか分からない。
「あの……その……三人とも申し訳ない。俺がもっと、早く動いていればこんなことにはなっていなかった」
そうだ、この事件が大事になったのは俺に責任がある。
彼女たちの成長を考えて構えてしまっていた。最も優先すべきは彼女たちの身の安全であるに決まっているのに。
だが、その言葉を否定するように、新人バイト三人が口を開いた。
「どうして……鷹雄くんが謝るんだよ」
「そーですよ……せんぱいは私たちを助けてくれたんですよ! かっこよかったですっ!」
「そもそも鳥越さんは今日お休みなんですから責任なんてありませんよ」
そんな心温かい言葉に、思わず涙が出そうになる。
その涙をぐっとこらえて、
「皆、ありがとう。ところで玲緒奈、怪我は大丈夫?」
「あー、全然大したことねえぜ。心配してくれてありがとう」
「ちょっと見せてみろ」
玲緒奈の襟元を押し下げ、患部であろう鎖骨部分を見る。
すると痛々しい青い痣が、事件の凄惨さを物語るように残っていた。
「念のため明日病院に行って」
「でも明日もシフト入っているし」
「店長に事情を話すから」
次に卯月さんのもとに行く。
精神的という観点で一番の被害者は間違いなく卯月さんだ。彼女の精神的なケアが一番必要だ。
「せーんぱい……怖かったですよおおおおおお!」
卯月さんは一目散に俺の胸に飛び込んでくる。
俺は卯月さんのゆるふわの髪を優しくなでる。
「怖かったな。よく頑張った。卯月さんはえらいよ。しっかり謝ってえらい」
「うぐ……うえ……ええ」
卯月さんの目元から涙が溢れ出る。今まで耐えてきたものが、感情と共に一気に溢れ出たのだろう。彼女の涙で俺の服がぐちょぐちょになる。
今日はいい。あれだけ怖い目に遭ったんだ、目いっぱい泣いてくれ。
次に未だ身体が震え続けている猫屋敷さんのもとに近寄る。
「猫屋敷さん、今日乗り越えたのはきみのおかげだ。ありがとう。本当によく頑張ったな」
「みゃ……みゃあああああ」
猫屋敷さんが今まで一番の声で鳴いた。そのまま涙を流し始める。
「猫屋敷さん、大丈夫⁉」
「私も……鳥越さんのもとに……行ってもいいですか?」
猫屋敷さんが何のためらいもなく俺にハグしてくる。こんなに感情を露にする猫屋敷さんも珍しい。
それもそうだ。初めてリーダーを任せたその日にこんな事件が起こってしまうなんて、彼女にとって最悪の結果だろう。
「ごめんな……俺がきみに背負わせすぎたんだ……」
「そんなことないです……私、嬉しかったんです。頼られたの、初めてだったから」
猫屋敷さんは俺の胸元で、僅かに頬を赤らめながらそんなことを言ってきた。
「なあ。うちも寄ってもいいか」
「もちろん」
玲緒奈も俺の胸元に突っ込んでいき、気づけば三人の新人バイトちゃんが俺の身体に密着している。
こんなハーレムみたいな、みだらなこと、本当はしたくはないが、今日は仕方ない。
今日の出来事で確信した。
俺はこの子たちが傷つくのが、本当に嫌だ。それほどまでにこの子たちのことを大切に思っている。
たかがアルバイトの先輩後輩の関係。でも、俺にとっては家族と同じくらい大事だし大好きなんだ。




