第39話 カンガルー書店七姫店のXデー④
閉店時間まで残り一時間。
卯月さんが接客の得意さを活かしレジ業務をやって、玲央奈が前職の経験を活かし電話対応等の難しい業務をこなしつつ、時には卯月さんのサポートに周り、猫屋敷さんはこの店の常連であることを活かして商品の補充や返品業務といった売り場業務をこなしている。
全員の長所を生かした完璧な布陣により、発注業務のいざこざを除けば驚くほど順調に来ている。
このまま何も無ければ良いのだが。そうは問屋が卸さないようだ。
「ああああ‼」
と、静かな店内で大絶叫をかましたのは卯月さん。
なんだ、なんだ。めちゃくちゃ嫌な予感がしてきたんだが……。
「どうした、ウサギ?」
「どうかされましたか?」
玲緒奈と猫屋敷さんが慌てて駆け寄ってくる。
卯月さんは冷や汗をかきながら、レジ台の上に乗っているボールペンを二人に見せる。
「これ……さっき、お客さんがお買い上げいただいた商品なんですけど、レジ袋に入れ忘れちゃって……」
最近、鳴りを潜めていたが、この土壇場で来てしまったか、卯月さんのやらかし癖。
うちはレジ係が袋詰めまでやる関係で、商品の入れ忘れは百パーセントこちらの責任になってしまう。書店というのはほとんどが文具を取り扱っており、サイズが小さな文具の商品の入れ忘れはごくまれに起こる事案である。
会計を通した以上、商品の所有権は当然、お客さんにあるので取りに来てもらう必要がある。俺もそういえば新人時代、一度ホッチキスの芯かなんかを入れ忘れたことがあったっけか。お客さん、相当怒ってたよなあ。
新人時代の嫌な記憶が掘り起こされる中、新人美女バイト三人組は身を寄せ合って考えている。
すぐにでも助けてあげたい気持ちはやまやまだが、可愛い子には旅をさせよ、という言葉があるように、自分たちだけで考えてトラブルに対処することによって成長に繋がる。
ここは、意地悪だが、あえて何も言わず、彼女たちの対応を見守ることにする。
「みゃお、どうすればいいんだ、こういう場合」
「えっと……確認ですけど、お会計は済ませたんですよね?」
「はい……ごめんなさい」
卯月さんはおちょぼ口を作り、力なく俯いた。こんな辛そうな卯月さんは見たことない。
「ということはお客さんのものですし……商品を取りに来てもらうしか」
「つってもどうやって連絡取るんだ……?」
「あ……ですね……ごめんなさい……私なんてことを」
「ミスは誰しもある。ミスしねえ奴がいるとすれば、そいつは人間じゃなくて、ロボットかなんかだ。気にするな、ウサギ」
「はい……ありがとうございます」
玲緒奈は年上のお姉さんらしく、気落ちする卯月さんを優しく励ましている。
やはりバイト経験豊富なだけあって、仲間のメンタルケアが抜群に上手い。バイト先に一人、玲緒奈が必要なレベル。
「さすがに、自分が買った商品が袋に無かったらすぐに気づくはずですけど」
そんな矢先、うちにあるたった一つの受話器が鳴った。
ほとんど電話が来ない閉店間際のこのタイミングということは、十中八九商品を入れ忘れてしまったお客さんからのコールだろう。プルプルプルというコール音が、処刑のカウントダウンにも聞こえる。
「お電話ありがとうございます。こちらカンガルー書店七姫店です」
玲緒奈が何のためらいもなく電話を取った。
彼女ももちろん分かっているだろう。電話の主を。玲緒奈のことだ。そんな汚れ役を、二人に押し付けたくない。そんな考えがあってのことだろう。まさに漢の中の漢だ。かっこよすぎだろ。女だけど。
「はい……大変申し訳ございません……入れ忘れてしまって……はい、こちらで取りおいております……申し訳ございません……」
だが、あの玲緒奈がみるみるうちに声を萎ませていく。顔色もどんどん悪くなっている。
会話を終える頃には、苦虫を嚙み潰したような表情に変わり果てていた。
「ヤバい……。めっちゃ怒ってる……」
これは絶体絶命のピンチだぞ……。
このケースは間違いなくクレームに繋がる。
そういえば、始まる前に、クレームは滅多に来ないとか言ってしまっていたっけ。見事なフラグ回収になってしまったわけだ。
こちらに非があるので、厳密にはクレームではないのかもしれないが。
現在時刻は、午後九時三十五分。
閉店時間まで三十分を切っている。
幸か不幸か、客は俺を除いて誰もいない。
何とも言えない空間が漂う中、その人が来店された。
「ふざけんなよ! こらぁ!」




