第38話 カンガルー書店七姫店のXデー③
「ふー。なんとかうまくいったぜー。これも全部みゃおのおかげだな! ありがとな! めちゃくちゃ頼りになったぜ。もうほぼ鷹雄くんじゃん!」
「そんなことないですよ。鳥越さんに比べたら、私なんて全然。タダの雑魚キャラですから」
「私からすると二人とも凄すぎますよ~。私なんて、二人を助けられずにただ指を咥えてみていただけですから~」
「んなことねえって。ウサギのおかげで、さっきのお客さんに集中できたんだからさ」
「間違いないです」
皆で皆を褒めあって、なんて素直な子たちなんだ。いい子に育てたかいがあったぜ。え? 育ててないって? あの子たちが勝手に育っただけだって? そんな言い分は聞きません。
勝手に涙ぐんでいると、なぜか玲緒奈がニタニタしながらこちらに近づいてきた。
……なんか嫌な予感がするな。
「よっ。見てたか、うちらの活躍」
客を装っている俺に対して、膝カックンを食らわせてきやがった。
(ばっ! 俺は今、客! 俺は今、客だから!)
玲緒奈にだけ聞こえる声で注意する。
「んで、どうだった? うちらの対応?」
玲緒奈は俺の勧告に聞く耳を持たず、代わりににしし、と白い犬歯を見せてくる。
彼女のそんな可愛らしい顔を見ていると、注意する気が失せてくる。
「よ、良かったんじゃないか」
「やったぜ」
玲緒奈はすたすたとカウンターに戻り、卯月さんと俺のことを見ながらコソコソ何かを話している。
性格の良い彼女たちのことだから大丈夫かもしれないけど、なんか陰口叩かれているみたいだからやめてくれ。
今度はとてとてと、卯月さんが俺に近づいてくる。
こいつらは、自分が勤務中であり、俺が勤務外であるという自覚はあるのか?
「せーんぱいっ。玲緒奈さんから聞きましたよ。私たちのこと褒めてくれたんですね!」
「ま、まあな」
「ねえ、私は? 私は? どうでした?」
首をひねり、両拳を首元に置く、あざとさマックスポーズで尋ねてくる。
そんなポーズをされては、世にいる全ての男性は首を縦に振るだろう。もし横に降れる男性が居るとするならば、その方は性という概念から逸脱した僧侶かなんかだろう。
「卯月さんの立ち振る舞い、良かったよ。あそこで卯月さんが、玲緒奈や猫屋敷さんと一緒にお客さんの対応してしまったら、他のお客さんの対応がおざなりになっちゃうからね」
「えへへー。私もそう思ったんですよ~。……まあ、私には絶対できないと思ったからですけど」
「最後は聞かなかったことにするけど……この調子で、頑張ってくれ」
「はいっ、せんぱいっ!」
卯月さんは周りに気づかれないように、自分の太ももを乾杯するように、ちょんと俺の太ももに合わせてきた。
不意のボディタッチに、ドキッとしてしまう。
……いかんいかん。俺は客。俺は客。
そう言い聞かせて、雑誌立ち読み(内容は全く入ってこず)に没頭した。
すると、不意にちょんちょんと俺の背中に僅かな刺激が走った。
「ひゃん?」
振り返ると、三つ編み眼鏡の猫屋敷さん(業務中の姿)が佇んでいた。
……びっくりして、変な声出しちまったじゃねえか!
「ちょっと、お話良いですか?」
「どうした? 今は客という体だから、あんまり長話できないぞ。周りの目もあるし」
「なので、一旦事務所に行きましょう」
「お、おお」
なぜか猫屋敷さんに呼び出しをくらう。『事務所に呼び出し』とかワード的にめちゃくちゃ怖いな。
……いやいや、ベテランアルバイタ―が新人バイトにビクビクしてどうする。
カンガルー書店七姫店の事務所は弱小店であることを証明するかのように、まあ狭い。パソコンデスク一つと、テーブルに椅子、そして激狭の男女更衣室があるだけ。
だから、美女と事務所に二人きりというシチュエーションは普通にドキドキするんだよなあ。
「あの……どうして、今日来てくれたんですか? やっぱり、私たちでは力不足なのでしょうか」
「そのことか。いや、きみたちを信じていないわけではないんだ、もちろん。でも……やっぱり心配になってね」
「そうなんですね……実はこのこと言っていなかったんですけど……ここに応募したのって鳥越さんが居たからなんです」
「は? え……?」
言っている意味が本当によく分からない。
俺が居たから応募した? いや、猫屋敷さんとは、ここに入社する前に面識なんてないんだけど。
「驚かせてごめんなさい。でも本当なんです」
「でも、猫屋敷さんが応募した理由って、ここの常連で勝手をよく知っているからじゃないの?」
猫屋敷さんは頬を赤らめ、「勿論、それもありますけど」と前置き、赤裸々に真相を打ち明ける。
「引きこもりを脱出するために、いつもお世話になっているカンガルー書店で働くのがいいんじゃないか、って思った時、どういう人が働いているか注目するようになったんです。
それで、いつも鳥越さんの姿を拝見していました。凄く親切そうで、優しそうで、この人と一緒に働くなら大丈夫そうって、そう思ったんです。それで、鳥越さんが居るのは決まって夜だったから、夜志望にしたんです……ごめんなさい、いきなり気持ち悪いこと言っちゃって」
まるで愛の告白のように、彼女は丁寧に言葉を紡ぐ。
「そ、そうだったんだ……。こんなしがないアルバイターに、そんなことを思ってくれていたなんて。でも嬉しいよ。ありがとう」
「い、いえ。それで、実際に働いてみて、鳥越さんと接してみて、私の勘は間違えてなかったんだなって、そう思うことが出来たんです。
私……このお店に来て、本当に良かったです」
猫屋敷さんが今まで見たことないような、満面の笑みを俺に見せてくれた。
眩しすぎて、消えてしまいそうだ。
「そう思ってもらってこちらも本当に良かったよ。さっ、業務中だよ。頑張って!」
「あっ……そうでした。つい、話すことに夢中になって。では、行ってきます」




