第32話 カンガルー書店七姫店の歓迎会⑥
「うますぎるっ! こんな肉初めてだ」
口に入れた瞬間、「俺が肉だ」と言わんばかりに、肉のうまみ、甘み、食べ応えが一期に襲い掛かる。身体が肉で満たされるというのは何とも至福なことである。
「美味しいですねー、せんぱいっ」
「何度食べても、この味はたまんねえぜ!」
「酒の肴ランキング、一位更新です」
新人バイトちゃん三人もご満悦のようで。
美味しい酒と美味しい食べ物に囲まれて、至福の時間を過ごす。
こうして飲み食いしているだけでも楽しいが、居酒屋の醍醐味と言えば語らいだろう。酒の力を借りて、普段話せないことを話して、相手と距離を縮める。つまり飲みにケーションである。
陰キャと対極にあるようなワードも、せっかくなので今日くらいは使いたい。
そのためには、幹事役である俺が話を振らないと。名MCに俺はなる。
「どうだ? 皆は仕事には慣れたかな?」
とりあえず無難な質問からスタート。
同じ職場という共通点を、ここで活かさずいつ活かすんだって話だよな。
「まだ全然慣れていないですけど、せんぱいが優しく教えてくれるので大丈夫ですっ」
と、元気よく手をあげて発言するのは卯月さん。酒も入り、いつもよりも更に1.5倍ましで陽気になっている気がする。
「よゆーかな。あんまり複雑な作業はねえしな。最近、発注作業と電話応対も覚えたしな」
「えっ⁉ 凄すぎません⁉ 私と同時期に始めたんですよね? 私なんか、まだレジを覚えるので手いっぱいで。なんか自分の出来なさに悲しくなってきます」
しょぼん、と肩を縮こまらせる卯月さん。酒の影響か、情緒が不安定になってきていないか。
「そこにいる頼れる先輩が分かりやすく教えてくれるからだぜ。なっ、鷹雄くん」
と言って脇腹をつねってくるのは玲緒奈。彼女も酒が入って上機嫌になっているのか、必要以上に強くつねってくる。
「じゃあ、私にももっと分かりやすく教えてくださいー! それだったら私覚えちゃいますー」
「あー、それはダメだぜ、ウサギちゃん。鷹雄くんはうちのものだからな」
などと供述する玲緒奈は、俺の左腕をぎゅっ、と抱きしめてきた。
大きすぎず小さすぎず、女性の理想的な美しい均整を誇る玲緒奈の胸の感触が伝わってくる。
……というか、誤解を招く発言を慎んでくれ!
「なに言っているんですか、玲緒奈さん! せんぱいは私のものですー!」
そんなことを言われては、甘えん坊新人バイトちゃんこと卯月さんは黙っておらず、正面の席から俺の右隣へとワープ。
そのまま俺の右腕に絡みつく。見ようによっては凶器になりそうなデカ乳が右腕に進撃を開始する。
……やめてくれ!(いいぞ、もっとやれ)。
気づけば両手に花。右手には新人美女バイトちゃん、左手にも新人美女バイトちゃん。至福オブザ至福。
もう一生この状態でもいいかもしれない。
「ところで、皆はやっぱり本が好きで入ったのか?」
そう皆に問いかけたのは、玲緒奈だ。
そうそう。こういう話を展開したかったんだよ。
「私、あんまり詳しくないんですよ~」
と、卯月さん。この子は接客業がやりたいから、うちに応募してくれたんだっけか。
「まあ、そういう人がいてもいいんじゃねえか。興味無いことを仕事する方が案外うまくいくって言うしな」
「そう言ってもらえるとありがたいです! あっ、でもせんぱいに教えてもらった本を読んで、絶賛勉強中です。ねえ、せんぱいっ!」
「……お、おう、そうだな」
俺が教えた本ってあれだろ?
『おぱゆる』とかいう、健全な少年少女が読んだら泡吹いて倒れるような、18禁に片足突っ込んでいる激エロラノベだろ。
「へー、鷹雄くんの教えてくれた本か~。気になるな~。なに、漫画?」
「えーと、小説なんですけど……なんだっけ……ライト……なんとかって」
「あー、ラノベな! んで、どんなラノベなんだ?」
「えーと、タイトルが――」
「ああああああああああ! そ、そんなことより……ほら、猫屋敷さんも本好きなんだよね?」
俺が純真無垢な卯月さんに『おぱゆる』を薦めたなんてバレてしまった日には、玲緒奈や猫屋敷さんから白い目で見られること間違いなし。場合によっては一生口をきいてくれないかもしれない。
なので、決死の覚悟で強引に話題を反らし、口数がすっかり減ってしまっていた猫屋敷さんに話を振った。
名MCたるもの、あまり話に参加できていない人から上手に話を引き出し、スポットライトを浴びせる。
そう。これは、幹事役として名MCになるために必要な手段。決して、事実を隠蔽しようとしたわけではない。そう、自分に言い聞かせる。
「はい。ラノベや漫画、アニメが好きで、このお店に入りました」
「みゃおはそういうの好きなんだな。最近オススメの作品、なんかある? そろそろうちも新しい作品開拓したくてな」
よっし、話題の転換に成功。
俺は心の中でガッツポーズをした。
「『優ギャル』なんてオススメですよ」
「へー、聞いたことねえな。どういうジャンルなんだ?」
「いわゆる『オタクに優しいギャル』というやつです」
「おー、なんか最近流行っているもんな」
「ですね。この手の作品、ラノベに限らずめちゃくちゃ出ていますからね」
「みゃおも『オタクに優しいギャル』系、好きなのか?」
「ですね。あっ、鳥越さんも好きみたいですよ」
猫屋敷さんの発言を受けて、玲緒奈はふーんと何かを探るように俺のことをジロジロ見ている。
「な、なんだよ?」
「鷹雄くん好きなんだ。『オタクに優しいギャル』」
「だ、だから……」
「じゃあ、うちのこと好きなんだぁ。ふーん。へー」
「はあああああ⁉ なんでそうなるんだよ⁉」
素っ頓狂な玲緒奈の発言に恐れおののく。
どういう思考回路したら、その発想に行きつくんだよ。
確かに玲緒奈も言われてみれば『オタクに優しいギャル』の系統であるかもしれないが。でも、玲緒奈はギャルというよりも陽キャお姉さんって感じだし、オタクに優しいというよりも、自分自身がオタク系であったりで。
……いや、でも、こんな俺にも優しくしてくれるという意味では、合致しているかもしれん。




