第31話 カンガルー書店七姫店の歓迎会⑤
「す、すげえ……」
その料理に、ただただ圧倒されるしかない。
机の中央に置かれたのは、バカみたいにでかい肉塊に、その肉塊を一突きしている鉄の串、そして「そいつで何を斬るんだ?」と疑いたくなるくらいの巨大な銀ナイフ。
なにこれ? いつの間にか、異世界転生でもしたのか?
と思うくらい、異世界アニメでしか見ないような異次元の肉料理に思わず目を白黒させる。
「見よ、これが我が『肉華族』の名物、『スペシャルシュラスコ』じゃい!」
玲緒奈はでーんとその肉料理を強調させるように手を広げる。昔流行った、某寿司屋の社長のようなポーズみたいだ。
……というか、あんたもう『肉華族』の店員じゃねえから。我が『カンガルー書店七姫店』の店員だから。自覚を持ってくれ。
「うわー、すごーい! 全部食べ切れますかねー」
卯月さんはシュラスコにメロメロのご様子で、目が肉に釘付けになっている。
「酒の肴に丁度いい」
猫屋敷さんはボソッと一言、強者のような発言をする。
二人とも、このダイナミック豪傑肉料理に心打たれているようだ。
確かに凄い。ザ肉。この世の全ての肉を集めました、と言わんばかりの存在感。
……なのだが、どうしてもお値段が気になってしまうのは、陰キャ底辺アルバイターの悲しき性なのだろうか。
「玲緒奈……? その……値段は大丈夫なのか……?」
心配になり、玲緒奈に小声で耳打ちするが、当の彼女はそんな俺を嘲笑うかのように、舌をぺろりと出す。
「お~い、忘れたのか? うちがいるから割引になるんよ~」
「それは覚えているけど、割引率はいかほど?」
従業員割引。
それは、その店舗に働いていると、その店舗の商品やサービスを割引価格で提供する制度だ。
見ようによっては神制度だと思われるかもしれないが、現実はそう甘くはない。
せいぜい5パーセント、多くても10パーセントが関の山だろう。何を隠そう、我が『カンガルー書店』もその制度が適用されているのだが、割引率はしぶしぶの5パーセント。
こんな率では今の時代、消費税分も取り戻せない。
これだけお店に尽くしているのに、消費税分も割り引けないなんて普通に酷くない?
と、まあ、心の中で世の中の不条理を憂いていると、玲緒奈の口からとんでもない数字が飛び出してきた。
「なんと、30パーセントだぜ」
「さささ、さんじっぱー⁉」
なんだ、そのガバガバ割引率は……!
これが陽キャの巣窟、居酒屋なのか。「割引率? 適当でいいっしょ。面白れぇからさんじっぱーにしとく?」みたいにノリで決めただろ。
「なーに、盛り上がっているんですか?」
驚きのあまり思わず声のボリュームが上がったらしく、卯月さんが会話のログイン。
「どうやら、俺たち今日、三割引きで食事出来るらしい」
「えっ、すごっ! 実質タダじゃないですか!」
タダではねえよ……!
脳みそがでっかいおっぱいに吸い込まれたんか。
というか、卯月さんって難関大学のN大学出身だよね?
普段の言動や仕事の出来具合からして、そんな感じは一切ないが、一応この中で学歴はずば抜けて高いんだよな。
あんまりこういう比べ方するのは好きではないのだが、学歴順に並べると、難関大であるN大学在学中の卯月さん、大学卒の玲緒奈、高卒の俺と猫屋敷さん。……なんか、逆転現象起こってね?
まあ、そんなことはどうでもいい。
今は全員『カンガルー書店七姫店』のアルバイター。それ以上でもそれ以下でもない。境遇もタイプも年齢も違う四人がこうやって集結するのは、バイト先や職場というコミュニティーの特徴だよな。
「皆、こちらに居られる獅戸玲緒奈神に感謝を」
三割引きとかいう、天変地異レベルの割引をされたら、もう陽キャ姉さんの玲緒奈が神か仏にしか見えない。
俺たちは、玲緒奈とかいうただの神に合掌するしかない。
「ここは宗教かってな。うちが教祖になったら、うちたちが使う店全部三割引きにしてやるぜー」
神過ぎるだろ。
いや、それは神なのか……。
俺たちからしたら神だが、店側からしたら悪魔以外の何物でもない気がするんですが、それは。
よーし、とりあえず玲緒奈神のおかげで、お金の問題も解決したし、シュラスコとかいう怪物肉料理を堪能するぜー。
……で、これ、どうやって食べるの?
俺は衝撃の事実に気づいてしまった。このシュラスコとかいう、未知の肉料理。食べ方が全く分からない。
かぶりつけるような大きさではないし、そもそも我が物顔でいる巨大銀ナイフはなんだ。お前の職場、居酒屋じゃなくて戦場だろ。
「おーい、鷹雄くん。『どうやって食べるか分からないよ』って顔してるな」
「なんで分かるんだよ!」
玲緒奈は神に加え超能力者も兼任しているのか?
「まあ、見てくれよ。『シュラスコ女王れおたん』と呼ばれた、うちの神髄をな」
玲緒奈は左手で肉塊に突き刺さっている鉄串の根本を掴むと、右手で巨大な銀ナイフを持ち上げる。
何? なんかバトルでも始まるの?
そして、持ち上げた銀ナイフを肉塊にあてがい、豪快に切り分け始めた。
甲斐甲斐しい手つきで、肉塊の切れ端が次々と量産する。巨大ナイフで肉塊を切り刻むその様は、まるで狩人のよう。神でも超能力者ではなく、狩人だったらしい。
あっという間に、玲緒奈は全員分の肉を切り分け、器に盛り付けた。
器の上には、肉、肉、肉。肉の断片から覗かれる赤身が更に食欲を増幅させる。
歓迎会、盛り上がり最高潮――。




