第30話 カンガルー書店七姫店の歓迎会④
「えー、本日はカンガルー書店七姫店の歓迎会にお集まりいただき、ありがとうございます。これからのカンガルー書店七姫店の繁栄を願って、かんぱーい」
「「「かんぱーい!」」」
飲み物が届くと、俺の人生で一度もやったことのない、ぐだぐだな乾杯の音頭で歓迎会の火ぶたが切って落とされた。
豪快に白い泡を纏った黄金に輝く飲み物を喉に注ぎ込むのは、玲緒奈と猫屋敷さんの酒豪ガールズ。
「いやー、うめーな。やっぱ、ビールは最高だぜー」
口に白い泡をつけながら、恍惚とした表情でそう叫んだのは玲緒奈。本当幸せそうだな。
「……間違いないです。この瞬間が人生で一番至福なのです」
玲緒奈の意見に、噛み締めるように大きく頷いている猫屋敷さん。
猫屋敷さんは黙々と飲んでいるが、その勢いは玲緒奈に負けず劣らず。
……というか、それ二十歳が言う言葉じゃねえよ。
一方で、正面にいる妹系甘えん坊新人バイトこと卯月さんは、不安そうな顔で届いたレモンサワーを見つめていた。
「どうした、卯月さん」
「お酒飲みたくて今日来たんですけど、いざ目の前にあると、味が謎すぎて怖くなってきました」
「分かるぞ、その気持ち。俺も初めて飲んだ時、そんな感じだったな」
「ですよね。ねっ、せんぱい、いっせーのーで、で一緒に飲みません? せんぱいと一緒に飲んだら、行けそうな気がするんです」
「その、赤信号皆で渡れば怖くない理論、こんなところで適用させるなよ」
「せんぱーい、お願いしますよー」
そんな上目遣いでこっちを見ないでくれ。なぜか居酒屋だと火力が1.5倍ましになっている。
「おい、何ニヤニヤしてるんだよー」
玲緒奈が意地悪い笑みを浮かべながら、俺の脇腹を小突いてくる。
新人美女バイトたちからの波状攻撃。陰キャアルバイターの俺に、対処できるわけがないだろ。
「卯月さん準備はいいか?」
「はい、バッチリです」
「じゃあ、行くぞ~。せ~の」
「「んぐっ、んぐっ!」」
レモンの風味に彩られた炭酸とアルコールが一気に喉の奥に流し込まれる。
普段飲んでいるジュースからは摂取できない刺激物が身体中を暴れまわる。
……やっぱり俺はあまり得意ではないな。好きな人は好きなんだろうけど。
初めて飲んだ卯月さんの反応はいかに……。
「ぷは~~~! めちゃくちゃ美味しいですね、これ! この世にこんなに美味しい飲み物があったとは!」
【悲報】酒豪ガールズに三人目が加わってしまう……。
きみもそっち側の人間かよ、裏切り者!
まあ、美味しいならそれで良かったけどね。
「だろ⁉ これがオトナになるってやつだぜ。ようこそ、こちら側の世界へ。歓迎するぜ」
「オトナになりました! よろしくお願いします!」
ガッチリと握手を交わす卯月さんと玲緒奈。お酒でできた絆である。
「お待たせしました~、焼き鳥の盛り合わせと、刻みキャベツの盛り合わせ4人分っす~」
そうこうしていると、マッチョ店員が食べ物を運んできた。
焼き鳥はもも、皮、ねぎまの王道ラインナップ。
そして前菜にこれでもかと器一杯に盛られた、シーザードレッシングがかかった刻みキャベツ。
まさに完璧な布陣。この布陣を、敷いた日には、諸葛孔明も白旗を上げるしかなかろう。
さすがは元スタッフの玲緒奈。百点満点の注文である。……代わりに注文してもらって良かったよ、本当。
「うわっ、めっちゃ旨そうですね!」
「食べる前から分かる。これは旨い」
「だろー? うちの焼き鳥は天下一品だぜ。ささっ、冷めないうちに食ってみな」
串を掴み、豪快に鶏もも肉にかぶりつく。
これだよ、これ!
心の中でそう叫ぶほど、今まで食べた焼き鳥の中で三本の指には確実に入るほど美味であった。
口の中でジュワッと広がる肉の風味に、濃厚なタレが染み込み、固すぎる柔らかすぎずの食感。どれをとっても、完全無欠の焼き鳥だ。
次にねぎま、皮と頂く。ねぎまはねぎのシャキシャキ感が鶏肉と絶妙に絡み合い、皮は柔らかな食感が舌に広がる。いずれも美味であることになんの疑う余地もない。
「うわー、めっちゃ旨いですぅ!」
正面にいる卯月さんもよほどこの味を噛み締めているのか、バカみたいに口を半開きにして、恍惚とした表情を見せている。
「だろ? キャベツも食ってみ」
玲緒奈はトングを使いキャベツの盛り合わせが入っている大皿から、人数分の小皿に盛り付けると、それを皆に渡してきた。
こういう気配り出来る人、ポイント高いね。
……というか、こういうのは幹事である俺がやらないといけないんだよな。
どうしようもないベテランアルバイターですまねえ。
キャベツはというと、こちらも美味しい。瑞々しさを保ったキャベツが均等に刻まれることによって生じるシャキシャキ感に、シーザードレッシングのとろみが完璧にマッチング。
野菜も美味しいとか、もう無敵じゃん。
「なっ、どうだ? キャベツのお味は」
「めちゃくちゃ美味しいです。玲緒奈さんのチョイスは間違いないですね!」
「最高だ。もうこれで上がってもいいくらい」
「宮緒はどーだ?」
玲緒奈が猫屋敷さんに話を振る。
そういえば、さっきから猫屋敷さんは会話に入っていなかったな。
……そうだよな。陰キャって、こういう場で孤立しちゃうよな。
と、猫屋敷さんに同情し、心配になり彼女の様子を見ると……、
「素晴らしい……これが人生か」
なぜか人生を達観する仙人と化しており、焼き鳥とキャベツをチビチビ食いながら、ビールを喉に流し込んでいた。
……もう仕上がってたよ、この人。
ラノベ漫画アニメ好きの陰キャオタクの猫屋敷さんが、こうも酒が似合う姿を見ると、ギャップで身体が凍えそうだ。
「ビールもう一本お願いします」
「はやっ!」
いつの間にか猫屋敷さんのビールジョッキは空っぽになっていた。
もう、その華奢な身体にあの量のビールが全て格納されたのかよ……。もはや、彼女の身体は酒出来ているのではないだろうか。それはなんか嫌だな。
各々が至福のひと時を過ごしていると、“それ”が運ばれてきた。
「お待たせしやしたー。『肉華族』名物、『スペシャルシュラスコ』でーす」
1メートルはあろうかという、巨大な鉄串にぶっ刺さった、肉塊が降臨したのであった。




