表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/54

第3話 CASE1、妹系甘えん坊新人バイトちゃん・卯月兎紗梨の場合③

「ごめんなさい。せんぱーい」


 卯月さんは俺に向かって申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。


 何度かレジをやらせてみたが、卯月さんは一度たりとも全くできなかった。

彼女の一連のやり取りを見て、俺は確信する。


この子は典型的な仕事が苦手なタイプだ……。


 天は二物を与えず、ということか。

 抜群のルックスに加え神レベルの接客。新人バイトガチャ大当たりと思ったのに、こんな落とし穴があったとは。これもう新手の詐欺だろ。


「せーんぱい。このお店、セルフレジじゃないんですか~? 今時、どこもセルフレジですよ?」

「たった全国合わせてたった数店舗しかない、吹けば飛ぶような弱小書店に、そんな予算は無いよ。恨むならここを選んでしまった自分自身を恨んでくれ」

「そんな~。うぇ~ん」


 残念だったな。ここは、駅前にある将来安泰のでっけえ書店じゃねえんだよ。いつ潰れてもおかしくない最弱書店『カンガルー書店』なんだよ。

 セルフレジ? 何それ、美味しいの?


 つまり、貴様はレジ業務の呪縛から逃れることはできないのだ!


……と言っても、このままでは無理そうなので、 


「鹿島くーん、作戦変更! レジお願い!」

「オッケーです。変わります」

「卯月さん、レジは一旦いいから、売り場に出ようか」

「は……はい!」


 卯月さんを現時点でレジに置けない、と判断し、急遽作戦を変更。

 とりあえず、売り場を見て商品の場所を把握してもらおう。


「一番右の列が児童書で、次の二列が漫画、漫画の奥の棚がラノベと攻略本、漫画の横の列が小説で、その横が文芸書、一番左の二列が雑誌。雑誌の奥の棚がアダルト」


 随分とこぢんまりとしているレイアウト。街の外れにある小さな書店はだいたいこんなものだ。


 卯月さんは俺が言ったことを一生懸命メモしている。真面目なところが彼女の取り柄だろう。


 そこで卯月さんはあざとく首を傾げた。その一つ一つの仕草が男をダメにしそう。


「あのー、らのべ? って何ですか?」

「ラノベはライトノベルの略で、ライトノベルっていうのは若者向けの小説だね。軽い文体で挿絵が入っていて、ジャンルはファンタジーや恋愛ものが多いかな」

「へー。勉強になります、せーんぱいっ」

「卯月さんはあんまり本に興味無いの?」

「ごめんなさい……。実はあんまりわからなくて……。本が詳しくないなんて書店員さん失格ですよね……」

「いやいやいやいや、バイトなんだし別に大丈夫だよ。これから覚えていこう」

「せんぱいは優しいです」

「だとしたら、どうしてうちを応募したの? 責めているわけじゃなくて、単純に気になったから。決して家からも近いわけじゃないみたいだし」

「接客業をやりたいのと、昼は学校があるので、夕方から夜にバイトしたいので、このお店に応募したんです」

「そういう感じか。……それとさ、実家でケーキ屋さんのお手伝いしたって聞いたけど、どんな感じの業務をしていたの?」

「それは……むう」


 口をぷくぅと膨らませて、上目遣いで俺を見ている。世界一カワイイ睨み付け。優勝。


「実は私、実家のケーキ屋で注文間違えちゃったり、ケーキをこぼしちゃったりして……気づいたときには『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』しか言っていませんでしたー」


 節子、それ手伝いやない、声出しや。


「マジか……」

「ごめんなさーい、私仕事できないんです。こんな女、クビですよね……」

「ちょっと待てぃ!」


 トボトボと帰ろうとする卯月さんに、某人気番組ばりに待ったをかける。

 愛嬌たっぷりで常にポジティブなタイプと思いきや、案外感情の起伏が激しいらしい。


 なるほど。だからあれだけ綺麗な『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』ができるのか。まさか『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』の専門職に就いていたとは。

 実家の手伝いなら百歩譲ってそれでいいかもしれないが、給与が発生している以上、挨拶だけというわけにはいかない。


 先が思いやられるが……やるしかない。俺は彼女の教育係を任されたベテランアルバイターなのだから。


「卯月さん、この先大変だと思うけれど、俺はきみを見捨てないよ。一緒に頑張っていこう」

「せーんぱい……。私、せんぱいに一生ついていきます!」

「ちょ、ちょっと!」


 卯月さんは涙目になりながら、俺の手を握ってきた。

 公衆の面前で、しかも勤務中にやめてくれ!

 ほら、お客さんが冷ややかな目で見ているよ! 鹿島くんに至っては俺をゴミみたいに見ている!

 誠実な書店でやっているのに、いかがわしいお店に思われるから!


 なんて叫びたくなる気持ちを抑えて、俺はやんわりとその手をほどけさせた。


 結局、基本的な本のことを教えたり、カバーのかけ方を教えたり、本の整理をさせたり、と初日は基礎の基礎を叩き込ませた。


 ……こんなんで、いいのか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ