第3話 CASE1、妹系甘えん坊新人バイトちゃん・卯月兎紗梨の場合③
「ごめんなさい。せんぱーい」
卯月さんは俺に向かって申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
何度かレジをやらせてみたが、卯月さんは一度たりとも全くできなかった。
彼女の一連のやり取りを見て、俺は確信する。
この子は典型的な仕事が苦手なタイプだ……。
天は二物を与えず、ということか。
抜群のルックスに加え神レベルの接客。新人バイトガチャ大当たりと思ったのに、こんな落とし穴があったとは。これもう新手の詐欺だろ。
「せーんぱい。このお店、セルフレジじゃないんですか~? 今時、どこもセルフレジですよ?」
「たった全国合わせてたった数店舗しかない、吹けば飛ぶような弱小書店に、そんな予算は無いよ。恨むならここを選んでしまった自分自身を恨んでくれ」
「そんな~。うぇ~ん」
残念だったな。ここは、駅前にある将来安泰のでっけえ書店じゃねえんだよ。いつ潰れてもおかしくない最弱書店『カンガルー書店』なんだよ。
セルフレジ? 何それ、美味しいの?
つまり、貴様はレジ業務の呪縛から逃れることはできないのだ!
……と言っても、このままでは無理そうなので、
「鹿島くーん、作戦変更! レジお願い!」
「オッケーです。変わります」
「卯月さん、レジは一旦いいから、売り場に出ようか」
「は……はい!」
卯月さんを現時点でレジに置けない、と判断し、急遽作戦を変更。
とりあえず、売り場を見て商品の場所を把握してもらおう。
「一番右の列が児童書で、次の二列が漫画、漫画の奥の棚がラノベと攻略本、漫画の横の列が小説で、その横が文芸書、一番左の二列が雑誌。雑誌の奥の棚がアダルト」
随分とこぢんまりとしているレイアウト。街の外れにある小さな書店はだいたいこんなものだ。
卯月さんは俺が言ったことを一生懸命メモしている。真面目なところが彼女の取り柄だろう。
そこで卯月さんはあざとく首を傾げた。その一つ一つの仕草が男をダメにしそう。
「あのー、らのべ? って何ですか?」
「ラノベはライトノベルの略で、ライトノベルっていうのは若者向けの小説だね。軽い文体で挿絵が入っていて、ジャンルはファンタジーや恋愛ものが多いかな」
「へー。勉強になります、せーんぱいっ」
「卯月さんはあんまり本に興味無いの?」
「ごめんなさい……。実はあんまりわからなくて……。本が詳しくないなんて書店員さん失格ですよね……」
「いやいやいやいや、バイトなんだし別に大丈夫だよ。これから覚えていこう」
「せんぱいは優しいです」
「だとしたら、どうしてうちを応募したの? 責めているわけじゃなくて、単純に気になったから。決して家からも近いわけじゃないみたいだし」
「接客業をやりたいのと、昼は学校があるので、夕方から夜にバイトしたいので、このお店に応募したんです」
「そういう感じか。……それとさ、実家でケーキ屋さんのお手伝いしたって聞いたけど、どんな感じの業務をしていたの?」
「それは……むう」
口をぷくぅと膨らませて、上目遣いで俺を見ている。世界一カワイイ睨み付け。優勝。
「実は私、実家のケーキ屋で注文間違えちゃったり、ケーキをこぼしちゃったりして……気づいたときには『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』しか言っていませんでしたー」
節子、それ手伝いやない、声出しや。
「マジか……」
「ごめんなさーい、私仕事できないんです。こんな女、クビですよね……」
「ちょっと待てぃ!」
トボトボと帰ろうとする卯月さんに、某人気番組ばりに待ったをかける。
愛嬌たっぷりで常にポジティブなタイプと思いきや、案外感情の起伏が激しいらしい。
なるほど。だからあれだけ綺麗な『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』ができるのか。まさか『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』の専門職に就いていたとは。
実家の手伝いなら百歩譲ってそれでいいかもしれないが、給与が発生している以上、挨拶だけというわけにはいかない。
先が思いやられるが……やるしかない。俺は彼女の教育係を任されたベテランアルバイターなのだから。
「卯月さん、この先大変だと思うけれど、俺はきみを見捨てないよ。一緒に頑張っていこう」
「せーんぱい……。私、せんぱいに一生ついていきます!」
「ちょ、ちょっと!」
卯月さんは涙目になりながら、俺の手を握ってきた。
公衆の面前で、しかも勤務中にやめてくれ!
ほら、お客さんが冷ややかな目で見ているよ! 鹿島くんに至っては俺をゴミみたいに見ている!
誠実な書店でやっているのに、いかがわしいお店に思われるから!
なんて叫びたくなる気持ちを抑えて、俺はやんわりとその手をほどけさせた。
結局、基本的な本のことを教えたり、カバーのかけ方を教えたり、本の整理をさせたり、と初日は基礎の基礎を叩き込ませた。
……こんなんで、いいのか?