第29話 カンガルー書店七姫店の歓迎会③
「うぃっす~」
そんな陰キャ心なんて無縁の玲緒奈が快活な声と共に豪快に扉を開け放った。
確かに、本人にとっては慣れた場所だけど。
というか逆に、いくら円満退社とはいえ、元・職場に客として行くのって普通に気まずいと思うんだけど。それも陰キャ特有の習性?
「おっ、玲緒奈ちゃ~んじゃ~ん! おひさ~!」
と、そこへ、元バイト仲間と思しき、兄ちゃんがやってきた。
日に焼けた肌に、ワイルドな無精ひげを生やし、筋肉で対話が成立しそうなくらい肩幅が分厚すぎるマッチョ君。
この人と俺は同じ『成人男性』という人種であっているのだろうか? いささか疑問である。
一応、現在進行形で職業店員のはずなのに、羽毛よりも軽い口調で玲緒奈に話しかけてきた。
いくら顔見知りだからといって、業務中なのだからもう少し丁寧な口調で応対してほしい、と思うのは俺が堅すぎるのだろうか。
「おっ、ゆうく~ん。会いたかったぜ~」
すると、そのマッチョ店員と玲緒奈が何の躊躇もなくハグを交わした。
ここ欧米じゃないよね?
奥ゆかしさを大事にする日本国だよね?
書店と居酒屋でこうも文化が違うのか、とカルチャーショックを受けてしまう。
ふと、この前の玲緒奈との出来事を思い出す。
帰り際に、俺にしてくれた頬へのキス。元々、スキンシップが激しいタイプであれば、あの行動も別に大した意味はないのだろう。
その日、少し……というか、結構浮かれて、あまり眠れなくなってしまい、軽く寝不足になってしまった過去の俺を、タイムスリップして今すぐにでも殴ってやりたいところだ。
「では、ご案内しますね~」
マッチョ店員は俺に視線を合わせると、今のふしだらな行動が嘘のように、丁寧な接客で予約していた座敷の個室へと案内していく。
……やるじゃん。ちゃんと接客できるじゃねえか。
生物としても人としても格の違いを見せられた俺は、マッチョ店員に軽いジェラシーを感じながら、席に着く。
席の配置は、幹事役の俺が入り口側。
俺の隣に、同じく入り口側で色々と対応できる玲緒奈。
俺の正面には卯月さん。
そして、卯月さんの隣、玲緒奈の正面に猫屋敷さんだ。猫屋敷さんの傍には注文用のタブレットが置いてあり、彼女は注文担当。
ふっ、我ながら完璧な配置だ。
配置の美しさに自画自賛していると、三人はメニュー表を開き、頼むものを吟味していた。
……おい、誰か褒めてくれよ。
「酒飲めない人はいるか?」
幹事役は俺であるはずだが、いつの間にか玲緒奈に主導権を握られていた。まあ、元・居酒屋店員に任せるのに、越したことないだろ。あとは任せた、玲緒奈。
「……私は……大好きです!」
猫屋敷さんが今日一番の声を出した。飲めるか聞いているのに、「大好き」と答えるあたり、彼女らしくていいね。
俺と一番離れている席に座り心配したが、この調子なら大丈夫そうだ。
「ウサギはどうなんだ?」
「実は私、二十歳になってばっかりなんてまだ飲んだことないんですよ……。今日、お酒デビューしちゃいます!」
敬礼ポーズをびしっと決める卯月さん。
「大丈夫かよ? 無理すんなよ。倒れられても困るからな。介抱とか嫌だよ、俺」
「だいじょうぶですよ、せんぱーい。もう、心配性なんだから~」
「言ったからな! 絶対介抱しないぞ!」
「と言って、優しいせんぱいのことだから、いざとなったら助けてくれるんですよね~? せーんぱい?」
「うるさーい!」
なんてくだらないやり取りをしていると、
「そんで、鷹雄くんは?」
「普段飲まないけど、全く飲めないわけじゃないから、今日はせっかくの機会だから一杯だけ頂くよ」
「おけ。一応、ウサギと……えーと、宮緒だったけな。みゃおって呼ぶぜ。いいな?」
「え……あ……はい」
「念のため、年齢確認させてくれ。疑っているわけじゃねえが、一応な」
玲緒奈は二人に身分証明書の提示を求める。この辺りは、さすがは元・居酒屋店員といったところだ。当たり前のことだが、しっかりしている。
卯月さんは学生証を、猫屋敷さんはマイナンバーカードを、それぞれ玲緒奈に差し出す。
「うん。おっけいだな。よっしゃー、注文するどー!」
「やったー! 楽しみですね、せんぱーい!」
「酒……酒が……飲める……!」
「よ~し、きみたち。好きなもん食っていいぞ~。……まあ、奢りじゃなくて、割り勘だけど」
「えー、せんぱーいの、けちんぼ」
悪いな。こちとら貧乏アルバイターなんで。
「せめて、幹事役っぽいことはやらせてくれ。まず飲み物、皆、何がいい?」
「うちは大ジョッキで」
「前に同じく」
酒豪ガールズさんさぁ。
いっそ、ここまで来ると清々しいけどね。
「うーん、何を飲めばいいんでしょう?」
酒、本日解禁の卯月さんはメニュー表をにらめっこして、首を傾げている。
「えーと……」
「ビールが不安だったら、レモンサワーとかおすすめだぜ。うちのレモンサワーはうまいぜ」
「じゃあ、それにします!」
酒知識が壊滅的な俺の代わりに玲緒奈が答えてくれる。ありがてぇありがてぇ。
「俺もじゃあ、レモンサワーでいいかな」
「あっ、せんぱいとお揃いですね」
「そんな服みたいに言わないで」
そのやり取りを聞いていた猫屋敷さんが、手早くタブレットを操作する。
「飲み物、注文完了です」
「次に食べ物だね。どうしようか」
「せっかくだから玲緒奈さんのおすすめ頼みましょーよ。せっかく元店員さんがいるんですから」
「皆はそれでいいのか?」
「うん。俺は構わないよ。猫屋敷さんは?」
「私は酒が飲めればそれでいいので」
「らじゃ。んじゃ、タブレット貸してくれ。元『肉華族』店員、獅戸玲緒奈による玲緒奈スペシャルいくぜー!」
結局、幹事役も玲緒奈にとられる俺。もうこの場に不要なのでは……。
とにもかくにも、楽しい楽しい宴の夜の幕開けだ。




