第26話 獅戸玲緒奈とのプライベート④
玲緒奈は俺の助言を聞くと、天を仰ぎスゥと大きく深呼吸した。
そして、ニカッといつものように朗らかな笑顔を見せてくれた。
「はーあ! いやー、スッキリしたわー! ガチで鷹雄くんに相談して良かった! ありがとな! うちも別れた方がいいんじゃねえか、って薄々思ってたんだよな。決心付いたわ、別れる!」
「ほ、本当にいいのか? こんな、どこの馬の骨かも分からないただのアルバイターの意見で決めちゃって?」
「ただじゃねえよ、うちにとっては頼りになる教育係だ」
「お、おう……」
そんなことを面と向かって言われたら、照れるじゃないか。
とにもかくにも、玲緒奈から信頼されていているのは素直に嬉しい。
「早速、明日彼氏に会って伝えるわ」
「提案した俺が言うのもアレだけど、大丈夫なのか、そんなとんとん拍子で話進めちゃって」
「気にすんなって。もしなんかあったら、うちを守ってくれよ」
「おい! 怖いこと言うなよ! こちとら貧弱ひょろがり陰キャアルバイターだぞ! そんな肉体系の彼氏に絡まれたら、一瞬で消し炭になるわ!」
俺の卑屈なツッコミに、玲緒奈は「ぎゃはは」と笑い出す。
「やっぱりおもしれーな、鷹雄くんは。一緒にいて飽きねえわ」
「そうか……? そういってもらえると、ありがたいけど」
「それに優しいしよ。はーあ、鷹雄くんが彼氏だったら良かったのになー」
急にとんでもないこと口走ったぞ、この人。
俺が彼氏……?
しがない陰キャアルバイターの俺が、綺麗で気立ても良い玲緒奈と彼氏にでもなる日が来たら、それはおそらく地球最後の日だろ。
「そういうこと冗談でも言うの辞めてくれよ。本気にしちゃうからさ」
「……あながち冗談でもないんだけどな」
玲緒奈は何か言っていた気がするが、小声だったからよく聞こえなかった。
「歌わなくていいのか? フリータイム終了まで、あと三十分くらいだよ」
「おっ、そうだな! よーし、ラストスパートいくぜー」
この後、玲緒奈の美声を目いっぱい堪能した。心なしか、彼女の顔は憑き物が取れたように清々しく見えた。
☆
帰り道。すっかり空は夕焼けに染まっていた。
俺と玲緒奈は横並びで駅に向かって歩いている。
「いやー、最高の休日だったぜ。なあ、鷹雄くん」
玲緒奈はそう言って、酔っぱらって鬱陶しい先輩みたく俺の肩に手を回してくる。そんな彼女の仕草にも、いい加減慣れてきた。
「休日にこんな外で遊んだの久しぶりだよ」
「今までどれだけ寂しい休日過ごしてきたんだよ」
「仕方ないだろ。生まれながらの陰キャだから」
「これからうちがたくさん遊んでやるからよぉ」
白い歯を見せて、にかっと笑う玲緒奈。キュートな八重歯がこんにちはしている。
「俺としては今度から堂々と玲緒奈と遊べるのは嬉しいんだけどさ……本当に別れるのか?」
「しつこいなー。何も鷹雄くんの言葉で全て決まったわけじゃねえって。薄々うちもそうした方がいいかなって思っていて、鷹雄くんが後押ししてくれただけだから」
「それなら良いけど。それで、いつ、彼氏さんにそのこと伝えるんだ」
「明日にでも伝えようと思ってるぜ。こういうのは早いほうがいいからな」
「そっか。……頑張れよ、玲緒奈。応援しているから。何をどう応援するか謎だけど」
「気持ちだけで嬉しいぜ。鷹雄くんがついているって考えたら、安心するからよ」
底辺アルバイターの俺の後ろ盾に何の効力があるか分らんが、玲緒奈の気持ちが楽になればそれでいい。こいつが幸せになってくれれば、俺はそれでいいんだ。
気づくと、駅の改札口に来ていた。
交通系ICを通して、改札の中へと入っていく。
「じゃあ、俺こっちだから」
「えっ、七姫駅方面じゃねえの?」
「俺、昼南市在住だから」
「マ……? 七姫じゃないんだ、意外だわ。ミスター七姫っていうイメージだから」
「なんだそれ。観光大使でもやったろか」
「はははっ。しっかし、残念だなー、一緒に帰りたかったぜ」
「ということで、ここでお別れだな。今日は本当にありがとう。楽しかったよ」
「おう。こちらこそ。また遊びに付き合ってくれよ」
「そうだな。また行こう」
「鷹雄くん、来て」
玲緒奈は手招きをしている。
……一体何だろう。
手招きに従い玲緒奈に近づくと、彼女は不意に俺の顔に自分の顔を近づけた。
そして……。
「今日はありがとっ。これ、感謝の気持ちな」
「~~~~ッッッ⁉」
玲緒奈は俺の“頬にキス”をしてきたのだ。
キスっていうのは接吻だよな? 接吻っていうのは愛の証であって……あれ?
彼女いない歴=年齢の俺、当然女性からキスをされたことはない。いやでも口と口ではないから、キス判定ではないのか?
恋愛に関しては、小学生並みの脳しか持ち合わせない俺の頭はあっという間にキャパオーバ―して、完全にショートしていた。
「じゃあな!」
気づくと、既に玲緒奈の姿はどこにもなかった。




