第25話 獅戸玲緒奈とのプライベート③
玲緒奈とカラオケなう。
モデル並みの美女バイトと、一緒にカラオケなんて一生あるかないかだろう。
「Ah~♪」
【速報】獅戸玲緒奈氏、プロレベルの歌唱力だった。
玲緒奈はアニメのエンディング曲の本編のキャラを演じた声優が歌っているタイプの曲を歌っていたのだが、本人登場と錯覚するくらいその声優の声に酷似していた。
「なっ! どうだった、鷹雄くん!」
「うまい……というレベルを超えている気がする」
「ははっ、なんだそれ。褒めるの上手だな、鷹雄くんっ」
そう声を弾ませながら、玲緒奈は人差し指で俺のメタボ予備軍お腹を小突いてくる。なんか、中学生男子の休み時間みたいなノリだな。
そしてモニターには採点結果が出ている。
「きゅ、きゅうじゅうなな点⁉ そんな点数本当に存在するんだ……」
「まあまあかな~」
「まあまあってレベルじゃねえよ。というか、プロ行け」
「へへへ。褒めても何もでねえ……よ!」
今度は俺のメタボ腹をつまんでくる玲緒奈。本人は嫌がらせのつもりだろうけど、普通にご褒美なんだよなあ。
というか、玲緒奈、歌は勿論だけど、シンプルに声がいいよな。澄んだ声というか通る声というか、声優にいても普通におかしくないと思う。
「んじゃあ、次鷹雄くんの番だな」
「……えっ、俺も歌うの?」
「当たりめえだろ。何しに来たんだよ」
「いや……まあ……そうなんだけど」
この神ボイスの後、俺のドブボイスを披露するのは、シンプルに嫌なんですけど。
どれくらいドブボイスかというと、小さい時、アニソンを風呂場で絶唱していたら、親に「気持ち悪いからやめて」って言われたレベル。「下手くそ」じゃなくて「気持ち悪い」だからな。某ガキ大将も泡吹いて倒れるレベルだぞ。
まあ、でも男子の夢見るシチュエーションベスト5くらいには入っていそうな、「女の子と二人でカラオケ」を実行中(人生初)だからね。
もう、開き直ってやる。俺の歌声、とくと味わえ!
「げほ、ごほ、がはっ」
……はー、やっと終わった。
これもう公開処刑だろ。というか、歌い終わりにせき込んでいるのヤバいだろ。
歌が下手とか以前に、高音とか出せないんだけど。無理に出そうとすると、こうやって咳き込む。歌下手あるある。
玲緒奈の反応はどうだろうか。ドブボイスをマンツーマンで味わったんだ、気分をさぞ害されただろう。
「なかなか個性的な声だな、嫌いじゃないぜ」
「個性的」=「下手」という方程式がこの世に存在しましてですね……。
彼女が友達に彼氏の写真見せた時、「個性的な彼氏だね~」って言われるパターンのやつ。
でも、そうやって気遣えるなんて本当に優しいな、玲緒奈は。好きになっちまうぞ、こんちくしょう。
「そう思ってくれるならありがたいよ」
この後、お互い数曲歌いあって、玲緒奈がドリンクを取りに行った。
「鷹雄くんの分もとってきたぞ。オレンジジュースで良かったよな? 鷹雄くんといえば、オレンジジュースだもんな」
「オレンジジュースを俺の代名詞みたいに言わないで。持ってきてくれて、ありがとう」
こういう細かい気づかいできるあたり、玲緒奈は本当に性格いいんだろうな。こんな子と付き合っている彼氏さんはさぞ幸せなんだろうなあ。
と、なぜか見ず知らずの彼氏に嫉妬心を抱いていると、玲緒奈が目の焦点が合っていないまま自分で持ってきたグラスを見つめていた。
「どうした? 次、玲緒奈の番だよ」
「……ああ。ちょっと休憩かな」
「そっか」
玲緒奈は小さくため息をつき、神妙な顔をしている。明るく振舞っている彼女をいつも見ているだけに、珍しい姿だ。
玲緒奈は何か決心したように、口を開いた。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいか?」
「……な、なんだ藪から棒に」
間違いなく何かあったな。
これは先輩アルバイターとして、しっかり話を聞かなければ。
「彼氏のことなんだけど」
「……なるほど」
……ということは彼氏さんと何かあった、ということか。
今思えば、玲緒奈の口から彼氏のことについて具体的な言及はなかったし、そもそもバイト以外の日は暇と言い切り、こんなに俺と一緒にいる時点で順調には行っていないということに合点がいく。
玲緒奈はついに、その重い口を開いた。
「実は前々から暴力を受けているんだ。ⅮⅤってやつだな。特に最近酷くて」
「……そ、そうなんだ」
想像の斜め上をいく衝撃発言に、俺は思わず固まってしまう。
そんな深刻な問題に、陰キャ童貞アルバイターの俺が対処できるのだろうか?
「元々荒っぽいタイプで、うちもそういうところに惹かれたんだけど、やっぱり怖いしな。まあ、うちがデート遅刻したり、急に休んだり、いい加減なところが原因なんだけどな」
「そういうことか」
確かに大事なデートを遅刻したり、休んだりしたらイラつくのも分からんでもないが……。
でも、女性に暴力は絶対ダメだろ。男の強い身体は、女性を守るためにあるのであって、女性を傷つけるためにあるのではないからな。
「最近は、返信少し遅れただけで殴られるし……ちょっと怖えんだ。でも彼氏だし……どうすればいいんだろうな」
そう打ち明ける玲緒奈の顔は憔悴しきっている。
気丈にふるまい続けていた玲緒奈の乙女の部分が、湯水のようにあふれだしている。
……この状況、どうしろと?
チャット GPTでもお答えできないだろ。
適切な答えを導くためには、とにかく玲緒奈の情報を引き出して整理しよう。
「その彼氏とは長いの?」
「……三年かな。実はうちにとって初めてできた彼氏なんだ」
「えっ……⁉ マジか……」
わりと一番驚いた。
陽キャ遊び人の権化みたいな玲緒奈だから、さぞ歴代でたくさんの恋人が居たのだと思っていたが……。
「バイト先で知り合ったんだ。ちなみに年はうちの十四個上だから……今、三十八歳かな」
「さ、三十八⁉」
アラフォーじゃないか。
恋愛に歳の差は関係ないが、世間一般的にいえば相当離れているな。
つまり、その彼氏は一回り下の彼女に暴力を振るっているということになるな。結構なクズ男ではないのか? しがないアルバイターの俺に言う資格は無いかもしれないけれど。
「なあ、うちどうしたらいいと思う? 別れた方がいいと思うか?」
そ、それを俺に聞くか……。
彼女いない歴人間のモブアルバイターに、人の恋路の決断を下すのは荷が重すぎる。
ただ玲緒奈の似合わない、悩んでいる姿を見ると、助けになってあげたいという気持ちはある。
「俺はあくまで部外者だから口出しする資格なんてないとは思うけれど……やっぱり暴力はダメだと思う」
「……だよな」
「玲緒奈は彼氏と一緒にいて楽しいのか?」
「昔は楽しかったけれど、今はどっちかというと怖いが勝っちまうな。だからもう最近はバイトが忙しいって言って、デート断ってんだ」
「……それが答えなんじゃないか」
「つまり、別れた方がいいってことか」
その大事な問いに、俺は重く頷いた。
「……そう思う」




