第22話 卯月兎紗梨とのプライベート②
卯月さんは興味深そうにラノベコーナーを見ていると、なぜか俺をジト目で見始めた。
「せんぱーい。これもそのライトノベルなんですかー?」
「あっ、それは!」
卯月さんが俺に見せてきたラノベは、胸元がぱっくりと開いた巨乳の女の子が描かれた、刺激が強すぎるエッな表紙になっている。
『おっぱいが大大大好きな俺を許してくれ』、通称『おぱゆる』というラノベ作品。
女の子のおっぱいを揉むと、その子になぜか好かれるという魔法にかけられた主人公が、次々出てくるヒロインのおっぱいを揉みまくって、ハーレムを目指すという、倫理観? なにそれ美味しいの? といったヤバめの内容のラノベ。
その過激な内容からエ○本に片足どころか肩までどっぷり浸かっている、と評されるほど。
とはいえ、一部の紳士から絶大な支持を誇っている偉大な作品だ。
えっ? 俺はって? はい、その一部の紳士ですが、何か問題でも?
……と言っても、一般ピーポーの卯月さんには刺激が強すぎるのは間違いないので、俺は何事も無かったかのように卯月さんが取ってきた『おぱゆる』を元の棚に戻す。
「……へ、ヘンな本が混ざっていたみたいだね。天下のK書房もミスはするんだね。あはは」
「えー、でも裏表紙見ると、出版社はほかのライトノベル作品と同じですから、合っているんじゃないですかー?」
くっ……!
なんでこういうときだけ、妙に鋭いんだ……!
「そ、そーみたいだね。そんなところに気づくなんて、さすがだな卯月さんは。あはは。でも、俺は知らないなあ、その作品は」
「……すこぶる怪しいです」
卯月さんは訝しい目で俺を見ると、性懲りもなく『おぱゆる』を棚から取り出し、目の前で突き付けてくる。
やめてくれ……。それ以上は、バレちまう……。
あんずちゃーん! 可愛いよおお!
あんずちゃんというのは、表紙に描かれている俺の推しキャラ。
よりにもよって、あんずちゃん表紙の巻をピンポイントで選んでくるなんて、恐ろしい子……。
「……ほ、本当に知らないからさ、し、しまおうね~」
「ですよね。せんぱいが、こんなおっぱいが今にも出そうなお下品なキャラクターを知っているはずないですよね~」
「あんずちゃんを悪く言うなああああああ‼」
あ……。
口を滑らせてしまった……。
「ほらぁ。やっぱり知っているじゃないですか。私に隠し事はできませんよ、せんぱーい」
卯月さんはニタァ、と意地悪い笑みを浮かべている。
……こ、この女、騙したなぁ!
この女狐! 小悪魔!
「はい。卯月様には隠し事はできません」
「好きなんですか、この本」
「はい。好きです」
「……せんぱいはおっぱいが好きなんですか?」
「はい、大きいのが好きです」
もう終わりだよ、このベテランアルバイター。
俺は観念して、聖母マリアに罪を告白する罪人の如く、性癖もろとも全てを打ち明けてしまった。……あれ、性癖まで打ち明ける必要無かったよね?
うっかりそんな爆弾発言をしたものだから、卯月さんは恥ずかしそうに自分に宿っている大きな胸と俺を交互に見ている。
あ……。終わったんだけど……。
これもう、新人バイトをいやらしい目で見てます! って宣言しているようなもんじゃん。
「最初から正直に言えば良かったんですよ。男の人ってそういうの好きですもんね」
「……す、すんません」
なんだ、助かったのか?
男の習性に理解があって良かった。
命拾いして、胸をなでおろしていると、卯月さんはとんでもないことを言い始めた。
「私、この本買います!」
はああああああああああ⁉⁉ 何言ってんだこいつ⁉
一般ピーポー代表みたいな卯月さんが、こんな刺激物読んだら卒倒するだろ。
「ダメだよ。卯月さんには早すぎるって」
「何が早すぎるんですか! 私もう二十歳ですよ! 成人済みです!」
へへーん、と大きなお胸を強調するように胸を張る卯月さん。
「私、今日せんぱいが好きな本買って、本のことを勉強しようと思ったんです」
「勉強に一番ふさわしくない書籍だよ! 俺がちゃんと違う本おすすめするから」
「いや、決めたんです! 私、この本買います!」
変に頑固なところあるんだよなあ、この子。
でもやっぱりダメだろ。人生初ラノベが『おぱゆる』であってたまるか!
とはいえなあ……。本人が買いたいと言っている本を止めるのは、現役書店員としてはあるまじき行為だ。
うーんと、頭を悩ませていると、卯月さんは既にレジに並んでいた。
「卯月さん⁉⁉」
会計を終えた卯月さんが、ご満悦の様子でこちらに戻ってきた。
「面白そうな本、教えてくれてありがとうございます、せーんぱい! 早速、今日学校で読んでみたいと思います」
もう終わりだよ、この新人バイト。
っていうか、学校で読むとか言ってなかったか?
それだけはやめてくれよ! 学校に危険物を持ち込まないでくれ! 友達居なくなるぞ!
「……カバーかけてるよね?」
「はい、もちろん」
……まあ、百歩譲ってそれならいいか。
本の内容はともあれ、自分が好きな本が他の人に読んでもらえるのは素直に嬉しい。……嬉しいということにしておいてくれ。
帰り道。
下りのエスカレーターを乗っていると、前に乗っている卯月さんはこちらを向きながら、「せんぱいが好きな本読むの楽しみ~」と陽気な歌を歌いながら、嬉しそうにぴょこぴょこ腕を振っている。人生楽しそうでいいな、おい。
「読んだら、感想伝えますねー」
「……お、おう」
エスカレーターでそんなことを話していると、前方不注意が災いして卯月さんが足を滑らせてしまう。
「あっ、せんぱ――」
「あぶな!」
まずい……。
エスカレーターから転げ落ちたら、大惨事だ。更に当たり所が悪かった日には目も当てられない。
俺は咄嗟に、後ろに倒れ行く卯月さんを抱きかかえた。
身体が密着する。卯月さんの柔らかいものが色々と当たってしまっている。
「せんぱい……」
「卯月さん……」
自然と抱き寄せる形になってしまい、不可抗力で顔と顔が近づいてしまった。卯月さんの仄かに赤らむ可愛いご尊顔がはっきりと見える。マジでキスできてしまいそうな距離感だ。
なんだか人目もはばからずいちゃつくカップルみたいになってしまっている。
が、エスカレーターの終点に差し掛かったので、俺たちは慌てて身体を離した。
「だ、大丈夫だった?」
「……は、はい。せんぱい……ありがとうございます」
いつもは元気溌剌の卯月さんが妙にしおらしくなっている。あと一歩で大怪我になりそうなピンチだったし、動揺もするだろう。
「じゃあ、またね卯月さん」
「はい。職場でまた会える日を楽しみにしています。あっ、打ち上げも楽しみにしています」
こうして俺は駅の改札口で卯月さんと別れた。
さて、夕方からシフトだ。色々あったが切り替えて仕事に励もう。




