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第2話 CASE1、妹系甘えん坊新人バイトちゃん・卯月兎紗梨の場合②

 制服に着替えた卯月さんと、売り場へ向かった。


 カンガルー書店の制服は白ワイシャツと青エプロン。ズボンに規定はないが、柄がなく派手ではないものに限る。

 そんな初期装備みたいな衣装も、卯月さんは完璧に着こなしている。

 

「卯月さんには今日一日、俺と一緒にレジ業務をやってもらうよ」

「は~い。私、実家がケーキ屋で接客のお手伝いをしていたので自信ありますよ~」

「うん。期待しているよ。レジ業務もしていたのかな?」

「レジ業務は……えへへ」


 なんだか不穏な予感がするのは気のせいだろうか。


「最初は、俺のレジ業務を見てもらおう」

「は~い。しっかり見ておきますよ、せ~んぱいっ」


 また顔を近づけてくる。何なら卯月さんの手がちょっと俺の腕に触れている。

 ここキャバクラじゃないんだけど。クリーンな書店なんだけど。

 ……もしここがキャバクラなら、卯月さんを毎回指名したい。

 という、セクハラ発言は心の中にとどめておいて、しっかりと教育しなければ。……もちろん、バイトのだよ。


「いらっしゃいませー!」


 卯月さんの愛嬌たっぷり、元気たっぷりの百点満点の接客が小さな店内に響き渡る。

 接客の基本『いらっしゃいませ』。簡単のように見えて、これが意外と難しい。接客経験がない新人は、恥ずかしがってうまく発声できないのはよくある話。

 かくいう俺も、ちゃんと言えるようになったのはバイトを始めて半年くらい。


 卯月さんはメモ帳をポケットから取り出した。昨今、持参しない新人も増えてきた。バイト先でメモ持たないとか、戦場に裸でいるようなもんだからな。


「あの緑の洋服を着た男のお客さん、車の雑誌を二冊買うと思うから、準備しておいて」

「は、はい……?」


 俺の言った通り、緑の洋服を着たお客さんが、車の雑誌を二冊手に取ると、レジの方に近づいてくる。皆さん、これが超能力です。


「本当だ! えっ、せんぱい、すごーい! 超能力者ですか⁉」


 まあ、超能力でもなんでもなくて、この人は常連さんで、いつだか車トークで盛り上がったのを覚えているだけだ。ある意味、ベテランアルバイターだからこそ会得した超能力と言えるかもしれないが。


 俺はレジ業務をしつつ、レジの流れを卯月さんに教える。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ~!」

「雑誌が二点ですね。バーコードリーダーを持って、スキャンボタンを押すと赤く光るから、赤い光を本の裏にあるバーコードにかざす……と、レジ画面にスキャンした本が登録される」

「本当ですね! すごい」

「全ての商品の登録が終わったら、合計金額を伝える。合計で2200円です」


 お客さんが3000円を出してくる。


「3000円のお預かりですね。レジの数字のキーボードに『3000』を入力する。入力が終わったら、『現計』っていうボタンを押す」


 その通りに押すと、レジの画面におつり金額である『800円』の文字が表示される。


「レジに表示されたおつり金額をお客さんに手渡す。800円のお返しです」


 俺はレジから500円玉一枚と、100円玉三枚を取り出し、お客さんに手渡した。


 最後に購入された商品を袋に詰め込み、お客さんに手渡す。


 すると、お客さんが話しかけてきた。


「もしかして、新人さんですか?」

「そうなんですよ。今日からです」

「卯月兎紗梨です! よろしくお願いします!」


 愛嬌たっぷりの笑顔の卯月さんの挨拶に、お客さんの顔も自然に綻んだ。卯月さんのスマイルは有料だろ。


「華やかになって良かったですね。また来ます」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました~!」


 そしてお客さんは満足げに退店した。

 

 まさに『神接客』。卯月さんの接客の音源データがあったら即ダウンロードしたい。

 素晴らしい人材をありがとうございます、店長。家で定時帰りを満喫しているだろう店長に心の中でお礼を言っておいた。


 その後、クレジットカード対応やスマホ決済の支払い方法を含めた計六回の会計を卯月さんに教えながらやってみせた。


「そろそろ、やってみるかい?」

「はい! ちゃんと、見ていてくださいね、せーんぱいっ」


 相も変わらず男を惑わす甘ったるい声で言ってくる。

 両こぶしを胸の前に出す「がんばるぞい」みたいなポーズをしながら、卯月さんはレジの前に立つ。

 可愛いからヨシ!


「いらっしゃいませ! お預かりします!」


 卯月さんが対応するお客さんは、常連客のおばさんだ。クロスワード好きのおばさんで、毎回クロスワードパズルの雑誌を買っていく。

 今回も例によって、クロスワードパズル雑誌二冊のご購入だ。

 この人はいつも現金での支払いなので、初めての卯月さんでも問題なく対応できるだろう。


「はい! えーと、本が一点……二点ですね!」


 卯月さんは完璧な接客とは裏腹に、たどたどしい動作で何とか商品をバーコードリーダーにスキャンしていく。


流れ変わったな。


ま、まあ、初めてのレジですし(震え声)。


 しかし俺の不安は的中することに。


「はい、こちら雑誌のお渡しでーす! ありがとうございましたー!」

「ちょっと、卯月さーん! お会計忘れてる!」


 うちの店、ついにおかしくなって本を無料で配布し始めたのかな?


「申し訳ございませんでした! えっと……1020円になります!」


 卯月さんの目が泳いでいる。ゲームだったらひよこが頭を回っているよ。……というか、なんで混乱するとひよこなんだ? 


 おばさんは少し怪訝な表情で、1000円札と50円玉をトレーに載せた。


「えーと、1500円のお預かりですね!」

「違う! よく見て! 500円玉じゃなくて50円玉だよ!」

「あ……! 失礼しました! えっと……えっと、だから……あれ?」


 あーもうめちゃくちゃだよ。


 卯月さんは助けを乞うようにその大きな瞳をウルウルさせて、俺のことを見つめてくる。そんな目をしたって、許さないものは許さ…………許そう。

 卯月兎紗梨、戦闘不能!


「大変申し訳ございませんでした。1050円のお預かりで、30円のお返しになります。ありがとうございました。またご利用くださいませ」


 失敗した新人の尻拭いをするのが教育係である俺の務め。手際よく会計処理を済ませる。


「……新人教育をしっかりやってください」


 おばさんの苦言が、俺の心臓にクリーンヒット!

 鳥越鷹雄、戦闘不能!


 ……新人バイトの教育係、ムズすぎるだろ。

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