第14話 猫屋敷宮緒のロスタイム②
「そういえば、聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい……何ですか?」
「お客さんの時、よく『霊トラ』のラノベや漫画、買っていたよね? 好きなの?」
『霊トラ』とは、『霊能少女☆トランスレイ』という少女たちが霊能力を使うことができる『霊能少女』に変身して敵を倒すアニメ作品。
可愛いキャラクターたちとは裏腹に、ダークで重厚な世界観が評価され、漫画やラノベ、ゲームといった多数のメディア展開をしている作品d。
「はい、好きです」
力強い肯定。彼女の身体が熱を帯びたように感じた。
「実は俺も好きでさ、語れる人いて良かった~」
「いいですよね。想像以上に重いのが好みです」
「ね。キャラクターたちはあんなに可愛らしいのに」
「推しキャラとかいるんですか?」
「まあ、無難に主人公のレイちゃんかな」
「いいですよね、明るいですけど適度に闇を抱えている感じが」
「重いとか闇とかあなた好きね、そういうの」
「ですね」
「ちなみに、猫屋敷さんの推しは?」
「私は断然、ミナです」
「でしょうね」
ミナというキャラクターは主人公のレイのヒロイン的な立ち位置なのだが、まあ癖が強く、レイに対する愛情が深すぎる余り、闇落ちして世界を敵に回す、という変身モノという枠を完全に超越したキャラクター。
このミナの豹変で、この作品の評価が一変した、と言われるほどこの作品の超重要キャラクターだ。
猫屋敷さんの先ほどの発言から、闇深ヒロイン・ミナが好きなことは何となく予想がついた。
「ほら、見てください」
猫屋敷さんはポケットからスマホを取り出すと、ミナのストラップを嬉しそうに見せていた。勤務中は緊張と不安に襲われ常に顔が強張っていたが、勤務が終わり大好きなタバコを吸いながら大好きなアニメの話をしてリラックスしている猫屋敷さんはとても可愛い。
「いいよね~。『レイミナ』尊いよね~」
『レイミナ』とは主人公・レイと、ヒロイン・ミナの百合カップリングを示す表記。期末試験に出てもおかしくないほど、『霊トラ』ファンの中では一般的なカップリング。
一般的なカップリングなので安パイだと思っていたこの何気ない発言が、猫屋敷さんの琴線に触れることになるなんて思ってもみなかった。
「え……? 『レイミナ』って言いました……?」
「……はい」
嘘ですよね、みたいな目でこちらを見ている。
なんか怖いんだけど。それこそ、『霊トラ』の闇落ちしたミナのような闇の深淵のような目をしている。
「『ミナリア』ですよね、普通? 私、『ミナリア』以外認めませんから」
【悲報】猫屋敷さん、厄介百合廚だった。
俺は地雷をスキップしながら踏み抜いてしまったようだ。
何が悪かったんだよ! 一般的なカップリングを言っただけなのに!
「ちょっと待ってくれ。リアって、闇落ちしたミナと手を組んだ悪の幹部の、あのリアだよね?」
「そのリアさんです」
「敵キャラだよね?」
「……はあ。これだから“にわか”は」
ん? なんか、とんでもないことを言われなかったか、この子?
おしとやかで上品な猫屋敷さんはどこへやら。タバコを吸いながら、人を蔑むような目を向けるその様は、まさに女王様のごとし。
戻ってこい、猫屋敷さん!
「分かりました。鳥越さんに『ミナリア』を布教させていただきます。今日はもう遅いですし、続きはオンラインで。鳥越さんはラインやっていますか?」
「うん。やっているよ」
「交換しましょう」
「……はい」
スマホを差し出し、猫屋敷さんとラインを交換した。
オンラインでどんな攻撃が待っているのか。想像するだけで恐ろしい。
まあ、卯月さんと獅戸さんとは交換しているので、猫屋敷さんとも交換したかったし、オールオッケーなんだけれど。
タバコを吸い終えたのか、猫屋敷さんは電子タバコを鞄にしまうと、駐輪場まで歩いていく。そこにぽつんと置いてある一台の自転車に跨った。
「猫屋敷さんは自転車なんだね」
「はい。家から近いので」
「常連さんってことはそりゃあそうか」
「鳥越さんは?」
「俺は車だよ」
「そうなんですか。お疲れ様です」
自転車で帰る猫屋敷さんを見送ると、俺は車に乗り帰宅した。
……猫屋敷さん、単に控えめで大人しいタイプの子だと思ったけれど、なかなか強烈な子だったな。




