第12話 CASE3、おしとやか系陰キャオタク新人バイトちゃん・猫屋敷宮緒の場合③
猫屋敷さんと売り場の整理をしていると、
「すみません。本の場所、尋ねたいのですが」
猫屋敷さんがお客さんに声をかけられてしまう。何度も言うようだが、お客さんにとっては新人かどうか、なんて関係ない。
売り場に出ていると、レジにいる時よりもこうして本の場所を尋ねられることが多い。
つまり、レジだろうと売り場だろうと、接客は避けられないのだ。
「はい。何でしょう」
猫屋敷さんに接客させるのは荷が重いので、代わりに俺が対応する。
「『優ギャル』の2巻ってどこにありますか?」
「『優ギャル』……ですか……」
「『優しいギャルと一緒になる』です」
まずい……。ピンと来ない……。
本のタイトルを聞かれて分からないのはベテランアルバイターとして失格だ。しかも、タイトル的に俺の得意分野であるラノベや漫画のタイトルであることは間違いない。
「しょ、少々お待ちください」
仕方なくレジにある在庫検索のパソコンで調べることにする。結局はコンピューターに屈する自分の脳が憎いぜ。
お客さんに待たせてはいけないので小走りでパソコンに向かおうとした時、
「……あの……その……『優ギャル』の2巻、場所知っています……」
猫屋敷さん⁉
彼女はスタスタとラノベコーナーに向かっていき、何の迷いもなく棚に挿さっている『優ギャル』の2巻を抜き出し、「こ、これです……」と震えた声でお客さんに手渡した。
嘘だろ……。
新人バイト0日が、バイト歴10年より、商品の場所の把握しているだと……⁉
「猫屋敷さん……! 君は逸材だ……! 絶対に辞めないでくれ!」
本の知識とうちの店の愛に感激してしまった俺は、思わず猫屋敷さんの両肩を掴み大声を出してしまった。
やべ……!
思わず、新人女の子の肩を触ってしまった……!
わざとじゃないんだ! 許してください!
猫屋敷さんはビックリしていたが、顔をわずかに火照らせ少し嬉しそうだ。
「ありがとう……ございます」
今の調子ならやってみてもいいかもしれない……。
時計を見ると、現在時刻午後9時。閉店まであと一時間ある。
お客さんも疎らになってきて、練習にはうってつけ。
この仕事をやっていくなら、やはり接客は避けては通れない。元・引きこもりだからといって、特別扱いはできない。
失敗を糧に成功体験を積めば、大きな成長に繋がる。
「猫屋敷さん。最後にもう一度、レジを一緒にやってみないか?」
「は……い!」
今まで一番力強い返事だ。彼女だって接客できるようになりたい、という気持ちは強いんだ。その気持ちを汲んであげるのが、教育係の役目ってやつだろう。
鹿島くんとスイッチして、俺と猫屋敷さんは再びレジに立つ。
猫屋敷さんの様子は大丈夫そうだ。しっかり自分の足で立っている。
早速、一人のお客さんがレジに本を置いた。
「いらっしゃいませ」
「い……ら……しゃい……ませ」
言えたじゃないか!
頭をなでてあげたいところだったが、接客中なので……というか普通にセクハラなので、我慢して……。
俺は一通り、現金払いでのレジ操作を猫屋敷さんに教えつつ会計処理をする。
「ありがとうございました」
「あり……がとう……ございまし……た」
声もちゃんと出てきている。
この子の吸収力はスポンジか、というくらい目に見えて成長している。
何度か一緒にやってみたけど、問題なさそうだ。
最初の猫屋敷さんの状態を考えれば、今日ここまでやるとは微塵にも思っていなかったが、彼女の成長度を加味すれば、もしかしたら出来るかもしれない。
気づくと閉店時間十分前を告げる名曲『蛍の光』が流れ始めていた。
店内にお客さんは一人。本を何冊か持っているので、おそらく今日最後に会計するお客さんになるだろう。
「猫屋敷さん。一人でレジ、やってみるかい? 勿論、俺も隣にいるから」
猫屋敷さんはビックリしたように目を丸くしたが、力強く二度頷いた。
開始直後の猫屋敷さんを思い返してみれば、成長期の子どももびっくりの成長速度だ。
閉店間際に、お客さんが購入する本を持ってきてレジに置いた。さっき見たときは1、2冊くらいしか持っていなかったが、レジに積まれた本は6冊ほど。小説に雑誌、文芸書と種類も豊富だ。難易度中級くらいはありそうだ。
大丈夫か……。
いや、俺が信じられなくてどうする。
我が子を見守るようなテンションで、俺は猫屋敷さんの接客を見守った。
「い……らっしゃい……ませ」
たどたどしいが、発声はできている。
いいぞ。猫屋敷さん。
猫屋敷さんは丁寧に本の裏にあるバーコードにバーコードリーダーを通していく。様々な種類の本がありバーコードがある位置がバラバラにあるにも関わらず、猫屋敷さんは一度も迷うことなくスキャンしていく。
全商品の登録を終え、合計金額が表示される。
「3850円に……なります」
合計金額もしっかりお客さんに伝えて、いい調子。
あとは現金を受け取って、おつりがあればそれを手渡し、商品を最後に手渡すだけ。
すると、イレギュラーが起こってしまう。
「スマホ決済でお願いします」
そう言って、お客さんはバーコードが表示されているスマホを差し出してきた。
スマホ決済。最近、急増しているスマホ一つで支払うことができる便利な決済方法だ。暫く未導入だったうちも、余りの普及ぶりにようやく重い腰を上げ、去年ようやく導入。
残念ながらスマホ決済の会計方法は猫屋敷さんに教えていない。
一人でレジ業務を遂行する成功を味わってほしかったが、そんなチュートリアルにお客さんが付き合う義理なんてない。仕方なく、俺がバトンタッチしようとすると、
「……はい」
猫屋敷さんは教えてもいないのに、スマホ決済の処理を始めた。
レジの画面に表示されている『スマホ決済』という項目をタッチして、バーコードスキャナーをスマホのバーコードにかざす。
それは正しい方法だ。
お客さんのスマホが「ぴろりん」と鳴ると、同時にレシートが発行される。決済処理が完了した合図だ。
猫屋敷さんは商品を袋に詰め込み、お客さんに手渡した。
「……ありがとう……ございました」
完璧なレジ業務だった。
「どうして分かったの? スマホ決済、教えていないのに」
猫屋敷さんは種を明かしてくれた。
「……いつも、このお店でスマホ決済使っているので、なんとなく分かったんです」
「そ、そうなんだ。ビックリしたよ。一応、確認のために聞いてもらえると助かるかな。……もし間違っていたら大変なことになっていたから」
「す……すみません」
そんなこんなで、三人目の新人バイト、猫屋敷さんの一日目の業務が終わった。




