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第11話 CASE3、おしとやか系陰キャオタク新人バイトちゃん・猫屋敷宮緒の場合②

「いいかい。接客の基本は『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』。まずはこの二つを言えるようになろう。最初に自分が言うから後に続いて」

「は……はぃ……」


 レジに立つ猫屋敷さんは、生まれたての小鹿の如くプルプル震えていて、今にも泣きだしそうだ。


「いらっしゃいませ~」

「い……う……い……う」

「ありがとうございました」

「あ……う……あ……う」


 「あうあう」って、どこかのロリ神様じゃないんだからさ。

 ……これは思った以上に重症だぞ。

 そんな事情は、お客さんにとっては知ったことではない。

 早速、お客さんがレジの前に商品を置く。


「いらっしゃいませ」

「…………みゃあみゃああ」


 バタン。

 うん……?


 可愛らしいうめき声がした後、変な音が聞こえたと思ったら、隣にいたはずの猫屋敷さんが居なくなっていた。


「猫屋敷さん……⁉ 大丈夫⁉」


 猫屋敷さんがレジカウンターでへたり込んでいた。


 緊急事態発生。エマージェンシー。

 俺は早急にレジを済ませ、猫屋敷さんの容態をチェック。

 猫屋敷さんはふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。良かった、意識はあるみたいだ。


 だが、これ以上レジ業務は無理だ!


「鹿島くーん! レジ、チェンジで!」

「随分早かったですね。了解です!」


 売り場で作業をしている鹿島くんにヘルプを出し、俺は一旦、猫屋敷さんを事務所に連行した。


 ☆


「……すみません。……立ち眩みしちゃって」


 猫屋敷さんを事務所の席に座らせて、話を聞くことに。


「そっか。体調とか大丈夫?」


 猫屋敷さんは静かに「はい」と頷く。

 人生初バイトの緊張とプレッシャーが、いざレジに立ってお客さんと相対した時、それが爆発したのだろう。

 俺もここまででは無かったが、吐きそうになった初日の勤務はよく覚えている。


「今日は売り場の作業を一緒にしようか」


 いろいろ考えた結果、この結論に至った。


 猫屋敷さんは俺の提案に大変喜んでいるようで、今日一番の速さで頷いていた。


「猫屋敷さんには、これから返品作業をやってもらうよ」


 回復した猫屋敷さんを再び売り場に連れ出して、やってきたのは雑誌コーナーだ。

 売り場の業務には、本の補充、売り場の整理整頓、清掃と多岐にわたるのだが、主にラストのスタッフがやる作業に、売り場に雑誌の返品作業がある。


「雑誌はご存じの通り、毎週か毎月、定期的に最新号が発行される。基本的にうちのような新刊の書店には、古い号は置かない。売れ残った古い号は、書店と出版社を繋ぐ業者である『取次』というところに返品しなければならないんだ」


 猫屋敷さんは一生懸命メモを取っている。

そうだ。この子は引きこもりを脱却するために、勇気をもってうちに応募してきたんだ。

一日でも長く働いてもらえるように、俺が親身になって教えなければいけない。


 レジカウンターからあるリストを挟んだバインダーを持ってくる。そのリストには雑誌の名前と、その横に数字が羅列してある。


「このリストは、明日発売する雑誌の一覧。これらの雑誌の最新号が明日、陳列されるので、今日の夜のうちにリストに載っている雑誌の売れ残りを回収しなければいけない。それで、右にある数字が、売れ残っている在庫の数だ。手分けして、探してみよっか。宝探しみたいで楽しそうでしょ?」


 猫屋敷さんは控えめながら、しっかりと頷いた。

 顔の血色も良くなっている気がする。

 仕事は確かにつらいことの方が多い。でも楽しいことだってある。それを猫屋敷さんに教えてあげないと。


 リストが挟んであるバインダーを猫屋敷さんに渡し、俺は予め印刷しておいた同じリストで返品する雑誌を探す。


「……あ、あの……その……集めたら、どこに置けばいいですか?」

「レジカウンターの上に置こう。集め終わったら、全部あるかどうか一緒に確認作業をしよう」

「…………はい」


 さっきよりも声が出ている気がする。

 いいぞ、猫屋敷さん。少しずつだが着実に成長しているぞ。経験ゼロの子を一から育て上げるの、なんだか楽しいぞ。部活のコーチとか監督のやりがいが分かった気がする。


 猫屋敷さんはスムーズに雑誌を集めている。

 もしや……と思ったが、想像以上だ。彼女の強みと言えば、うちの店の常連さんであるということ。ならば本の場所を把握しているのではないだろうか。

 その予感が的中した。新人としては異例の場所把握能力、ベテランアルバイター並だぞ。


 予定よりも随分と早く雑誌集めを終え、レジカウンターには返品する雑誌が山積みになっている。集めた雑誌を一冊一冊チェックして、し終えた雑誌をリストにチェックマークを赤ペンで書きこむ。


「ど、どどど……どうですか?」

「……全部揃ってる。凄いよ、猫屋敷さん!」

「あああ……ありがとうございます」


 猫屋敷さんが今日初めて頬を緩ませた。その安堵した表情は非常に可愛らしかった。

 適材適所、とはまさにこのことだ。あれだけ接客で壊滅的だったのに、売り場業務ではこんなに頼りになるなんて。


「チェック終了。最後に返品した雑誌をバックヤードに持っていくよ」

「はい」


 返品する雑誌を台車に載せて、売り場奥にあるバックヤードに移動する。


 雑誌をバックヤードにある棚に移動させて、これで雑誌の返品業務は完了だ。

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