第1話 CASE1、妹系甘えん坊新人バイトちゃん・卯月兎紗梨の場合
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「えっ、今日から新人が入ってくるんですか?」
俺の名前は、鳥越鷹雄。
街の外れにある小さな書店『カンガルー書店七姫店』に努める、バイト歴10年戦士のベテランアルバイター。
就業時間前。
俺は店長に呼び出されていた。
今朝、店長から電話がかかってきて「話したいことがあるから終業時間の三十分前に来てくれ」なんて言われた時は、生きた心地がしなかったが、どうやら違ったようだ。
「そうそう。全部で三人ね。三人とも夜になるから、面倒見てあげてね」
目の前のデスクで背を向けてパソコンをいじっているのは犬塚店長。
御年五十。小太りで眼鏡をかけた典型的なさえないおっさんだが、優秀で人格者な理想の神おっさん。
「三人もですか⁉ それに全員夜⁉」
そんな店長のノムさんもびっくりの大胆采配に、俺は思わずミュージカルでもやっているのか、と言わんばかりの驚きリアクションを取った。
俺は店の閉店まで業務を行う、いわゆる夜番勤務。
店の営業時間は22時までと、書店のわりには比較的遅い時間までやっている、というのが書店全国大会があったら地区予選一回戦負け確実の弱小書店の数少ない強みである。
「そんなに驚くことないだろう? 鹿島くんが今月いっぱいで辞めるのは知っているよね?」
「はい。でも一人辞めるところに三人も入るって計算が合わなくないですか?」
鹿島くんとは俺と同じ夜番に入っている後輩くんだ。夜番は基本二人体制で、約四年という長い年月の間、後輩くんとパートナーを組んでいたのだ。BLみたいな言い方をしてしまったが、決してそういうことではないので予めご了承下さい。
そして、この往年のタッグが今月いっぱいで、惜しまれつつ解散してしまうのだ。
とはいえ、いくら鹿島くんが優秀だからって一人が抜けた穴に三人も入るなんておかしい。穴に三本も入るわけねえだろ。
そこで、今までだんまりを決め込んでいた店長が、ゆっくりと回転いすを回し、全てを見透かしたような眼光で俺の方へ向いた。「そうだ。全ては私が仕向けたことだ」なんて言いそうなくらいオーラが半端ない。
「いい、鳥越くん? きみや鹿島くんが休みの時、誰がシフトを埋めているか分かるかい? 僕だよ、僕。休みを返上して来ているわけだよ。もう過労死寸前なの。残業も休日出勤もやめて、ちゃんとした生活を営みたいの」
店長おおおおお!
店長の魂の激白に、俺の心の涙は止まらなかった。
当然俺と鹿島くんは週七で勤務しているわけではない。
穴は確実に生まれる。それを誰が埋めているのかという話だ。
店長は朝から昼の勤務。つまり夜のシフトに入る=業務時間外の労働というわけだ。
確かに三人加えて無事に戦力になれば、俺含め四人になり、夜シフトを問題なく回すことができる。
「ということで、夜の『カンガルー書店七姫店』はきみに全てを託した。頼りにしているよ、ベテランアルバイター」
「が、頑張ります……!」
「今日は一人目の子が来て、明日は二人目、明後日は三人目って感じだから、よろしく。はい、これ今日の子のリスト。じゃあ私は帰るから。あー、定時帰りさいこー」
店長は俺に今日来る新人バイトの履歴書を渡すと、幸せをかみしめながら帰っていった。
どうやら店長は三人の新人バイトの全てを俺に任せているらしい。一介のバイトに与える仕事の領分を軽く超えている気がするが。ベテランアルバイターの称号は重い……!
早速、今日来る新人バイトである『卯月兎紗梨』さん、の履歴書を眺めていた。
大学二年生の女性、年は二十歳。ほう、近くにある難関大学のT大学に通っているのか。バイトは初めてだけど、実家がケーキ屋でよく手伝いをしていたから、接客は得意らしい。
ふむふむ。高学歴に加え接客が得意と。脳内の方程式が導かれる。これは神人材だ!
「おはようございます」
「おはよう、鹿島くん」
そうこうしていると、鹿島くんが出勤してきた。
「今、店長とすれ違って聞きましたよ。今日から俺の後釜が入ってくるらしいですね。新人の指導全部、鳥越さんがやるって聞きましたけど、本当に大丈夫ですか?」
「うん。問題ないよ。今日は新人の初出勤日でつきっきりになると思うから、通常業務お願いね」
「了解です。レジ業務と、売り場業務。どっちやった方がいいですか?」
「卯月さんは接客が得意みたいだから、今日は一日レジ業務を一緒にやるつもりだよ。だから、鹿島くんは売り場業務をお願い」
「分かりました」
うちの店は基本的に一人がレジ業務、もう一人が売り場業務という布陣を取っている。
レジ業務はその名の通りレジで会計業務を行うほか、在庫の確認などお客さんの対応を行う。
一方、売り場業務は、売り場の整理整頓、新刊の補充や在庫管理などを行う。
弱小書店だから楽そう、とか思った? これが意外に大変なんだよなあ……。
出勤時間の十分前になり、
「おはようございま~す!」
どうやら、噂の新人、卯月兎紗梨さんが出勤してきたようだ。
レースのカーディガンに赤のミニスカートという可愛さを全面に押し出したコーデに、茶色がかった明るめの髪をツインテールにまとめている。妹系の童顔な顔に、くりくりとした大きな瞳と、可愛らしいアヒル口がくっついている。やや低めな身長に、豊満な胸が備わっている。
これもう、「ボクが考えた最強の可愛い女の子」だろ。
「初めまして~。卯月兎紗梨っていいま~す。よろしくお願いしま~す」
実家のケーキを食べすぎたのか、というくらいの甘ったるい声で卯月さんが自己紹介をした。もう優勝でいいよ、きみ。
「卯月さんの教育係を務めさせていただく、鳥越鷹雄です。よろしくお願いします。じゃあ、制服に着替えてもらえるかな? ここで待ってるから」
「はーい。鳥越せんぱいっ。改めてよろしくお願いします」
卯月さんは顔をグイっと近づけて、そのブラックホールみたいな大きな瞳をこちらに向けてきた。そのブラックホールになら一生吸い込まれてもいいや。
こうしてベテランアルバイター俺による、指導の日々が幕をあげた。