第55話 GW4日目 昔と変わらない
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朝の陽光が、窓から差し込んで部屋を明るく照らしている。俺はベッドから起き上がり、毎朝の日課であるトレーニングを始める。だけど、今日はいつもと違う。
「ふぅ…さすがに疲れてきたかもな…」
ジョギングを終え、ダンベルを上げ下げしながら、微かに感じる疲労感。ゴールデンウィークの連日デートで、少し体が重くなっているのは間違いない。楽しい日々が続いているけど、体に疲れが溜まってるのかもしれない。
「今日は真紀だったな……」
シャワーを浴びて気持ちを切り替えるつもりだったけど、なかなか疲れは抜けない。それでも、今日は幼馴染の真紀との日だ。少しぐらい体が疲れていても、真紀と一緒なら気が楽だし、リラックスできるだろう。
そう思いながら、俺は簡単に身支度を整えて、真紀の家へ向かうことにした。
真紀の家に到着すると、いつもの玄関が目に入る。俺たちの家は斜め向かいで、子供の頃から何度も出入りしていた場所だ。だけど、高校生になってからは、なんだか少し緊張感が出てきた。
「おーい、真紀いるか?」
インターホンを鳴らし、声をかけると、すぐに真紀が玄関から顔を出した。
「あ、ヒロ。もう来たんだね」
真紀はいつもの優しい笑顔を浮かべている。でも、その笑顔が少し心配そうに見えたのは気のせいじゃない。
「どうした?何かあったか?」
俺が気になって声をかけると、真紀は俺の顔をじっと見つめた。
「な、なんだよ……」
「ヒロ、顔色悪いよ。ちゃんと寝た? 連日デートだったし、疲れてるんじゃない?」
真紀の言葉に、俺は少し驚いた。確かに体は重い。
「そんな風に見えるか……まぁ、確かにちょっと疲れてるかもな」
俺は苦笑いを浮かべながら答える。
「ヒロ。無理しなくていいよ。今日は出かけるの中止にして、家でゆっくりしよう?」
真紀は俺を気遣って提案してくれる。
「でも、せっかくのデートだし……」
俺は少し躊躇しながら言うが、真紀は首を横に振った。
「大丈夫だよ。出かけるのはお昼から……ううん、また今度にすればいいし、今日はゆっくり休んだ方がいいよ。ね? さ、ウチに上がって」
真紀の優しい声と笑顔に、俺は少し安心した。
「分かった、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
俺は頷いて、真紀の家に入ることにした。
真紀の家に入ると、玄関にはほのかに甘い香りが漂っていた。階段を上がり、真紀の部屋に入る。清潔感のある部屋は、昔と同じように落ち着ける空間だ。俺は真紀のベッドに腰を下ろす。
「それにしても、本当に疲れてるんだね。顔色が良くないよ、ヒロ」
真紀が優しく声をかけてくれる。
「そんなに疲れた顔してるかな」
俺は頭をかきながら答えると、真紀は小さく笑った。
「ちょっと待ってて。ヒロ、今日は私に任せて。リラックスさせてあげるから。あ、飲み物とってくるね」
そう言って、真紀は一旦部屋から姿を消した。
俺は少しの間、真紀が戻ってくるのを待ちながら、ベッドの柔らかさに身を沈める。何度も二人で寝たことがあるベッドだが、高校生になった今、なんとなくどこか違う気もする。そのままベッドに倒れ込む。日差しが窓から差し込み、心地よい温もりが全身に広がる。
「お待たせ」
真紀がコップにお茶を入れて戻ってきた。
それをテーブルに置くと、寝転んでいる俺を見下ろして真紀が言った。
「今日は全身マッサージしてあげる」
真紀の提案に、俺は少し驚いたけど、確かに体は重いし、休ませてもらうのも悪くない。
「本当にいいのか? なんだか悪いな」
少し遠慮しながら言うと、真紀はにっこり微笑んで言った。
「いいの、いいの。今日は私がヒロを癒してあげる日なんだから」
真紀の言葉に安心して、俺は彼女に従うことにした。
ベッドに横になると、真紀は俺の背中に跨って手を当て始めた。最初は肩のあたりをゆっくりと揉みほぐしてくれる。
「どう? 気持ちいい?」
真紀の優しい声が耳元で聞こえる。
「ああ……すごく気持ちいい。こんなに疲れてたのか、俺……」
思わず目を閉じて、リラックスしていくのが分かる。
「いろんなことがあったからね。無理しちゃダメだよ、ヒロ」
真紀は丁寧に背中、肩、腕、足までマッサージしてくれる。彼女の手が温かくて、心までほぐされるような気分だ。
「ありがとう、真紀。ヤバいな、これは……本当に気持ちいい……」
俺はリラックスしながら、少し眠気を感じ始めていた。次第に意識が遠のいていく。
段々と意識が戻っていく。どれくらい時間が経った後だろうか。
それになんだろう。
手にやわらかい何かが収まっている。
ふにふに。
「やん……」
ふにふに。
「あっ……あんっ」
ん……? この声は、真紀?
ふにふに。
「はんっ……はぁ……」
「…あれ?真紀……?」
ぼんやりとした意識の中で、ゆっくりと意識が戻っていく。
手のひらに感じる柔らかい何か。
「これは…なんだ?」
目を瞑ったまま、指先だけが固い何かを捉えている。
コリコリ。
「ひぁ……んんん……」
それを指で弾く。
「ひゃんっ」
その瞬間、意識が覚醒した。
隣で横になっていた真紀が、真っ赤な顔をして俺を見ていた。
俺は、自分の手が彼女の胸を触っている事に気づいて、慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめん! 今のはわざとじゃなくて…!」
俺が焦って弁明すると、真紀は顔を赤らめながら微笑んだ。
「もう、ヒロ……寝ぼけすぎだよ」
「わ、悪い……」
「……ねぇ、続き、する?」
真紀の顔は耳の先まで真っ赤だ。
「いや、その、わざとじゃなくてだな……」
「知ってるよ。それに、続きはね……私を選んでくれたら、だからね」
真紀は優しく言いながら、少し冗談めかして笑った。
「そ、そう…だな……」
俺は真紀の言葉にドキッとしながら、なんとか落ち着こうとする。真紀の優しさに包まれて、少し照れくさいけど、リラックスできるひとときだった。
しばらく無言で抱き合っている二人。
「あ、あの……そろそろ、お昼ご飯にしようか?」
真紀がふと立ち上がり、明るく話を切り替えた。
「うん、そうだな」
俺も気持ちを切り替えて、二人で昼食を作る準備を始めることにした。
「さて、何作ろうか?」
俺と真紀はキッチンに立ちながら、冷蔵庫を開ける。この材料でできそうなのは……
「パスタにしようか、手軽だし」
真紀が提案する。特別に凝った料理じゃなくていい。
「トマトソースでいいかな?」
俺が聞くと、真紀は頷きながら冷蔵庫からトマトを取り出した。
「私が玉ねぎを刻むから、宏樹はトマトをお願い」
そう言って真紀は軽やかに包丁を取り、玉ねぎをサッと刻み始めた。
俺は湯を沸かす。沸くまでの間にトマトのヘタを取り、にんにくの皮も剥いておく。湯が沸くとトマトを湯むきし、細かく切って準備する。お互いに役割を分担しなくても、自然に作業が進んでいく。まるで見えない指揮者がいるかのように、次に何をするべきかが分かっている。
「ニンニク、刻んでおくね」
真紀がそう言いながら、手慣れた包丁さばきでニンニクをみじん切りにしていく。
「じゃあ、フライパンを用意するよ」
俺は言いながらコンロに火をつけ、フライパンを温める。オリーブオイルの香りが立ち上るのを感じたところで、真紀が準備していたニンニクと玉ねぎをフライパンに投入。ジュッという音と共に、キッチン全体に香ばしい匂いが広がる。
「いい香りだな。玉ねぎ、色がついてきたらトマトを入れよう」
俺が言うと、真紀は頷きながらフライパンを見守る。玉ねぎが透き通ってきたタイミングで、刻んだトマトを入れる。
「トマト、投入っと」
俺が用意したトマトを真紀がフライパンに投入すると、すぐにソースが鮮やかな赤に染まる。トマトの酸味がいい感じに広がっていく。
俺が特に何も言わなくても、真紀がすぐに必要な調味料を手渡してくれる。お互いが何を求めているのか、特に言葉を交わさなくても分かるのが心地いい。
「パスタの茹で加減は? アルデンテで良い?」
真紀が聞いてくる。俺は沸騰したお湯にパスタを投入する。同時に真紀がタイマーをセットしていた。
「ああ、それで頼む。茹で上がりと同時にソースも完成だ」
俺が言うと、真紀は満足そうにフライパンをかき混ぜる。
「ねえ、ヒロ。一緒に料理するって楽しいね」
真紀がふと呟いた。
「ああ。それに、なんだかやりやすかったぞ」
俺も笑いながら同意する。これが幼馴染の長年の付き合いから生まれた信頼感なのだろう。
そして、パスタが茹で上がり、トマトソースもいい具合に煮詰まってきた。最後にバジルを散らして完成だ。
「完璧だな」
「うん、すっごく美味しそう!」
二人で顔を見合わせて笑う。この一瞬が、何よりも幸せだった。
こうして、俺たちは阿吽の呼吸で作り上げた昼食を前に、ゆっくりとテーブルに座り、いつものように自然な会話を楽しみながら昼食を味わう。
昼食を終え、ゆっくり片付けをしてから、散歩がてら俺たちは公園へと足を運んだ。近所のこの公園は、昔からのんびりとした雰囲気が漂っている。青々とした芝生が広がり、どこか懐かしさすら感じさせる場所だ。
「ねぇ、ヒロ。今日は特に何も決めてなかったけど、こういう時間もいいね」
真紀が微笑みながら言う。
「ああ、確かにな。こうしてのんびりするのも悪くない」
公園には親子連れや、小さい子どもたちが元気に走り回っている姿が見える。ブランコや滑り台を取り合うように遊ぶ声が響き渡っていた。
「ヒロ、見て。あの子、ブランコがうまくこげないみたい」
真紀が指差す方を見ると、確かに小さな子供がブランコに乗って足をバタバタさせていた。けれど、力が足りなくて全然こげていない様子だ。
「よし、ちょっと手伝ってくる」
俺は軽く手を挙げて真紀に合図を送り、子どもに近づいた。
「よっと。これでいけるか?」
俺はその子の背中を軽く押し、少しずつブランコが揺れ始める。最初は緊張していたその子も、次第にリズムを掴み、楽しそうに笑顔を浮かべる。
「いいぞ、その調子だ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
子供が嬉しそうに俺に礼を言う。その無邪気な笑顔を見て、俺の心も温かくなる。
「よかったな、頑張って自分でも漕いでみろよ!」
俺はそう声をかけて、その子の元を離れると、真紀のところへ戻った。
「やっぱりヒロは優しいよね」
真紀は俺を見て微笑んでいる。その表情には、どこか満足そうな輝きがあった。
「結婚したら、ヒロってこんな感じのお父さんになるのかなぁ……」
真紀がぽつりと呟く。その言葉に、俺は一瞬ドキリとする。
「お父さん、か……」
俺は少し照れくさくなって頬をかく。けれど、真紀の視線は優しくて、その未来を本気で想像しているようだった。
「だって、今もこうして子供たちに優しく接してるし。絶対、いいお父さんになると思うよ」
真紀が笑顔でそう言うと、俺はふと、過去のことを思い出した。
前の人生では、家庭を顧みなかったことが悔やまれる。仕事に追われて、家族との時間をほとんど作れなかった。結局、亜莉沙との思い出なんてほとんど作れなかった……でも、今度こそは――そう心の中で誓いながら、俺は真紀の言葉に答えた。
「……まあ、なれるといいな。でも、まだ結婚なんて考えるには早いだろ?」
俺は照れ隠しに軽く冗談を言った。
「もう、そういう言い方しないでよ。私、ちゃんと考えてるんだから」
真紀は頬を膨らませて、少し拗ねたような顔をする。でも、その瞳は真剣で、俺に対する想いがはっきりと伝わってきた。
その時、別の子供が真紀の近くに駆け寄ってきた。元気いっぱいに駆け回っていた男の子だ。
「お姉ちゃん、今度は僕と遊んでよ!」
「え? あ、うん。どうしよう?」
突然の誘いに少し戸惑う真紀だったが、俺が肩をすくめて笑うと、彼女もその子の手を取って遊び始めた。
「何して遊ぶ?」
真紀が優しく聞くと、男の子は元気いっぱいに「かくれんぼ!」と答える。こうして、真紀は子供たちと本気で遊び始めた。
「ヒロもやるよ!」
真紀が手を振って俺を呼ぶ。仕方ないな、と俺もその輪に加わることにした。子供たちの無邪気な笑顔と真紀の楽しそうな表情を見ていると、心が自然と穏やかになる。
しばらく子供たちと遊んでいると、突然男の子が真紀の後ろから近づき、スカートに手を伸ばした。
そして、一気にスカートをめくり上げる。
「きゃっ、ちょっと!?」
真紀は慌ててスカートを押さえる。
が、その瞬間、俺の視界に一瞬、彼女の下着がちらっと見えてしまった。
「くろいおパンツー!!」
子供は無邪気に喜んでいる。
「こらッ!」
涙目になりながら、なぜか俺を睨みつける真紀。
「ご、ごめん!」
俺はすぐに顔を背けたが、真紀の頬が赤く染まっているのが分かった。
「こんな事しちゃだめだよ! そんな子とは一緒に遊んであげないからね!」
真紀が頬をふくらませて男の子に言い聞かせている。
「ヒロ……見た?」
真紀が顔を真っ赤にしながら俺に尋ねてくる。
「うん、ちょっと。ごめん」
俺も顔が熱くなっているのを感じながら、必死に冷静を装った。
「……まあ、子供だから仕方ないよね」
真紀は少し気まずそうに微笑んでいる。俺はそんな彼女を見て、自然と笑顔がこぼれた。
「子供たちって、無邪気だな。でも、これからのことを考えると、そういう子たちとも関わることが増えるんだろうな」
俺はふと思い、声に出して言ってしまった。
「うん、そうだね。ヒロが本当にお父さんになる日が来たら、きっと……」
真紀の声は少し照れくさそうだったが、そこには確かな未来への期待が込められていた。
俺はその瞬間、前の人生でできなかったこと――家族と過ごす時間、子供と遊ぶ時間――それを今、取り戻せるかもしれないと思った。そして、今度こそはしっかりと向き合っていくんだと決意を新たにする。
俺たちはその後、再び芝生に戻り、少し休憩を取った。子供たちと遊んだ後の疲れが心地よく、ゆっくりとした時間が流れていく。
「ねぇ、ヒロ。今日は本当にありがとう」
真紀がぽつりと呟くように言った。
「こちらこそ、楽しかったよ。真紀と一緒にいると、なんか落ち着くんだよな」
俺は真紀の言葉に素直に応えた。
「そう? うれしいな……」
真紀の笑顔が、夕暮れの公園でさらに輝いて見えた。
公園で子供たちと遊んだ後、俺たちは夕食に向けてレストランに向かうことにした。真紀がずっと食べたがっていたハンバーグが有名なレストランを、俺が前もって予約していた。
「ヒロ、今日はどこに行くの?」
真紀は、少し期待に満ちた表情で俺に尋ねてくる。
「まあ、着いてからのお楽しみだよ」
俺はにやりと笑い、少しだけ秘密にしておくことにした。
レストランは駅前の繁華街の中にあり、落ち着いた雰囲気の店構えだった。俺たちは店に入り、予約していた席に案内される。店内は温かみのある照明で照らされていて、落ち着いた空気が漂っている。
「うそ、ここ……」
「来たかったんだろ?」
「うん。覚えていてくれたんだ……」
真紀は驚いたように周りを見渡し、感心した様子で言った。
席に着き、メニューを眺める。
「真紀が食べてみたいって言ってたハンバーグはこれか。確かに美味しそうだな」
俺はメニューを開きながら、真紀にそう言って微笑む。
写真からしてものすごく美味しそうだ。
「うん、ずっと食べてみたかったの」
真紀は照れたように顔を少し赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。
「どうしようか。せっかくだし少し違うものも食べてみたいけど」
俺も少し照れくさくなりながら、そう言ってメニューを見た。
二人でメニューを選びながら、自然に会話が弾む。ハンバーグの種類が豊富で、どれも美味しそうだ。
「うーん、どれにしようかな……」
真紀は真剣な表情でメニューを見つめている。
「俺は、定番のデミグラスソースのハンバーグにしようかな」
俺が決めると、真紀は笑顔を浮かべた。
「じゃあ、私も同じにする! やっぱり王道がいいよね」
真紀は楽しそうにメニューを閉じた。
「後はサラダを頼んでシェアしようぜ」
「うん!」
注文を済ませて、料理が来るまでの間、俺たちは店内の雰囲気を楽しみながら、少しだけ落ち着いた会話をする。
「今日は久しぶりにのんびりできたな。公園も楽しかった」
俺はグラスの水を口に含みながら、少し落ち着いたトーンで話す。
「うん、なんだかね、昔に戻ったみたい。こうやって二人で一緒にいると、小さい頃を思い出すよ」
真紀は優しい表情で俺を見つめながら答える。
「確かにな……でも、高校生になってからは、こうやって二人きりで過ごす機会も少なかったから、今日は貴重だな」
俺も真紀の言葉に頷きながら、同じような気持ちを抱いていた。
しばらくして、注文したハンバーグが運ばれてきた。鉄板の上でジュージューと音を立てて、湯気と共に香ばしいデミグラスソースの香りが広がる。
「わあ、すごく美味しそう……!」
真紀は目を輝かせて、興奮した声を上げる。
「さあ、食べよう。いただきます」
俺もハンバーグを前にして、自然と笑顔になる。
「いただきます!」
二人で同時にハンバーグにナイフを入れる。その瞬間溢れる肉汁。それがジョワワワという音を立てて湯気を立ち上らせる。
「すごいな、これは」
フォークを入れ、少しずつ味わう。外はカリッと、中はジューシーで、デミグラスソースが絶妙に絡んで、口の中に広がる美味しさがたまらない。
「すごく美味しい……ヒロ、ありがとうね。こんな素敵な場所に連れてきてくれて」
真紀は嬉しそうに微笑みながら、ハンバーグを一口食べる。
「喜んでもらえてよかったよ」
俺は照れながらも、嬉しそうに答える。
食事をしながら、二人の会話はさらに弾んでいく。
「ヒロと話してると、なんだか安心するんだ。昔と変わらない、優しいところが好きだよ」
真紀がぽつりと呟くように言う。その声には、少しの甘さと照れくささが混ざっている。
「俺も、真紀といると落ち着くよ。こうやって自然体で話せるのが嬉しい」
俺も素直に気持ちを伝えると、真紀は少し赤くなりながら笑った。
レストランでの食事を終え、店を出る頃には外はもうすっかり暗くなっていた。街灯の光とネオンサイン、様々な店の灯りが街を包み込み、少しひんやりとした風が肌に触れる。俺たちはゆっくりと歩きながら、家の方向へと向かっていた。
「今日は本当にありがとう、ヒロ。すごく楽しかった。でも夕食代本当によかったの?」
真紀は少し足を止め、俺の方を向いて微笑む。
「ああ、前も言ったけど、かなり稼いでるからな。問題ない。それに、マッサージもしてもらったし、リラックスできたからそのお礼だよ」
俺も自然と笑顔がこぼれる。
「そっか。ありがとね」
家の近くまで歩いてきた頃、真紀がふと足を止め、少しだけ不安そうな顔を見せた。
「ヒロ……」
真紀の声が、少しだけ震えている。
「どうした?」
俺は真紀の顔を覗き込む。
「私……」
真紀は何か言いたそうにして、少し躊躇う。もしかしたら、俺に何か言いづらいことがあるのかもしれない。
「なんでも言っていいんだぞ、真紀」
俺は優しく促して、真紀の言葉を待つ。
「ヒロが……一学期中に、誰か一人を選ばなきゃいけないって分かってる。でも、それがすごく不安で……私、振られる覚悟はできてるって言ったけど、やっぱり不安に押しつぶされそうになるんだ」
真紀の声は小さく、でもその不安が伝わってくる。
「真紀……」
俺は何も言えずに彼女を見つめる。真紀が抱えている想いを、しっかりと受け止めなきゃいけない。
「でもね、私、ちゃんと我慢する。ヒロの気持ちが決まるまで、私はちゃんと待つから」
真紀は微笑んで、自分を鼓舞するように言う。その強さと優しさに、俺の胸は締めつけられた。
「ありがとう、真紀……」
俺はそれしか言えなかった。
「ううん、いいの」
真紀は、そう言って柔らかく微笑む。
別れ際、俺たちはいつも通り「またね」と言い合って別れるはずだった。でも、今日の真紀は少し違った。
「またね、ヒロ……」
(ちゅっ)
頬に突然の柔らかく、暖かい感触。真紀は少し頬を赤く染めながら、小さく手を振って家のドアへと向かう。
俺はその背中を見送りながら、真紀の言葉が胸の中で何度も繰り返された。
俺は、誰を選べばいいのだろうか。
いや、選べるのだろうか。
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