惨劇の発端
深夜、天地がひっくり返ったんじゃないか? と思うような凄まじい地震に見舞われる。
毛布に包まって寝ていた俺は、畳にしがみつくようにして揺れが治まるのを待った。
アパートが潰れるのではと思ったが、そのような事には成らなかったので一安心。
潰れたアパートに押しつぶされて死ぬのならともかく、身動きが取れなくなった所を奴らに生きたまま喰われるなんて事だけは絶対に避けたい。
揺れが収まったので窓の外に目を向けると、あの凄まじい揺れによって発電所の機器が作動したのか? 街路灯が灯っている。
街路灯の明かりを見て何気なく部屋の蛍光灯の紐を引くと、瞬きながら蛍光灯が点いた。
『あ! ヤバい、奴等を引き寄せてしまう早く消さなくちゃ』
感染が拡大する前だったらテレビを点けるかスマホで情報を求めるところだけど、今は無理。
テレビは玄関を封鎖する為のバリケードの一部になり、スマホは電池切れで部屋の何処かに転がっていると思う。
電気を灯してしまった事で奴等が集まって来るんじゃないかと、鉄パイプを握り耳を澄ます。
奴等を警戒して耳を澄ましていたら何時の間にか眠ってしまったようだ。
窓から射し込む朝日で目を覚ました。
窓から辺りの様子を窺う。
アレ? おかしいな? 天地がひっくり返るような地震だったのに潰れた家が見当たらな無い、あそこの襤褸アパートなんて潰れていてもおかしくないのに。
窓の外には何時もと変わり無い光景が広がっていた。
でも……昨日の地震でアパートが崩壊し、崩壊したアパートに潰され死んだ方がマシだったかも知れないな。
一昨日の朝、カロリーメイトを食べたのが最後の食事だったからな。
家の外に奴らが屯している現状では、食料を探しに行くだけでも命がけになる。
腹減ったなぁって思いながら窓の外を眺めていたら、メインストリート周辺に奴らが多数屯しているのが見えた。
誰かがメインストーリーの近くに立てこもっているのかも知れない。
『そうだ、どうせ奴らの餌食になるのなら、奴らを一匹でも多く道連れにしてやろう』
アパートの通路側の窓から見えるガソリンスタンドの裏手に、タンクローリーが放置されている。
あれで奴らを焼き殺してやろう。
工具箱から登山ナイフと手斧を取り出す。
噛まれても直ぐ致命傷にならないように厚手の皮ジャンを着こみ、ベルトにナイフを差し込み手斧を手にした。
音を立てないよう慎重にドアの内側に築いたバリケードを撤去し、ドアを開け閉める。
足音を忍ばせ階段を下り左右を確認しながら、アパートの敷地から外に出た。
奴等に見つからないように身を隠しながら、ガソリンスタンドまで走る。
タンクローリーの傍に1体屯していたので、気が付かれないように後ろに周り込み頭に手斧を叩き込む。
倒した奴の頭から手斧を引き抜いてから運転席に乗り込んだ。
キーは付いてるなタンクの中の石油類も満タン。
エンジンが一発で掛かる事を願いながらキーを回す。
良かった、一発でエンジンが始動した。
タンクローリーが動き出したら、音で気がついたのかガソリンスタンドの中から奴らが数体飛び出て来る。
立ちふさがるようにタンクローリーの前に来たので、そのままタンクローリーでひき潰す。
メインストリートに付く前に一度タンクローリーを止め、タンクの全てのバルブを緩め石油類を噴出させる。
それから屯している奴らの群れ向けてクラクションを鳴らしながら、突撃。
奴らの頭がタンクローリーのフロントバンパーにぶつかり破裂する音と、倒れた奴らをひき潰す音を聞きながらメインストリートを爆走。
立てこもっていた人がいたみたいだ、拳銃の発射音が聞こえる。
『下手くそ!』運転席のフロントガラスに数発着弾した。
フロントガラスに撃ち込まれた事に驚いてタンクローリーの操作を誤り、道沿いの商店に突っ込んだ。
『チクショー』
奴等が群がり集まる前に逃げなくては。
石油類を滴らせてるバルブにジッポーライター投げつけタンクローリーから離れようと走り出したけど、直ぐタンクローリーは爆発炎上。
俺はその爆発に巻き込まれて意識を失った。
『イテテ……』
寝返りを打とうとして身体中が悲鳴を上げ、その痛みで目を覚ます。
俺は鉄格子とコンクリートの壁に囲まれた部屋に寝かされていた。
『イテテ、う、クソ』
身体中に激痛が走るけど無理矢理身体を起こし、激痛が走る身体に目を向ける。
身体のアチラコチラに包帯が巻かれ湿布薬が貼られていた。
爆発で吹き飛ばされた俺を誰かが助けてくれて、傷の手当てをしてくれたみたいだな。
此処が何処か分からない、だけど此処も安全な場所ではないようだ、窓の外から奴等の呻き声が聞こえる。
身体の痛みに耐えながら寝かされていた布団から出て、一方の壁に背を預けて座り込む。
ボーと所在無げに鉄格子の向こう側の通路を眺めていたら、警官の服装をした男たちが近寄って来るのが見えた。
男たちの1人が声を掛けて来る。
「出ろ! 殺人鬼のクソ野郎が! 何人殺したと思っているのだ!」
「あなた方が奴らの餌になるところを助けてくれたのですか?」
「何訳の分からん事を言っているんだ? さっさと出ろ! 」
3人の男たちは身体の痛みで悲鳴を上げる俺の悲鳴を無視し、部屋から引きずり出し窓の無い小部屋に引きずって行く。
小部屋には背広姿の男が2人いてその内の1人が、無理矢理椅子に座らされた俺に声を掛けてきた。
「お前の名前と年齢と職業、それに住所を言え」
「は、はい、名前は広田智弘、年齢は20歳で大学生でした。住所は、糖句野県床加市見晴町42丁目49番地見晴荘9号室です。
あ、あの、あなた方が奴らの群れから俺を助け出してくれたのですか?」
「何だと? 奴らとは激昂してお前を殴り殺そうと集まった人たちの事か?」
「い、いえ、ゾンビから助けてくれたのでは無いのですか?」
「何がゾンビだ! 確かに激昂した人たちからお前を助け出したのは、此処の警察署の警官たちだが。
助け出した彼らもお前の所為で沢山の同僚を亡くしているんだ、職務で無ければ集まって来た人たちと一緒に殴り殺していただろうな!」
「何故? 殺されなければならないのです? ゾンビを大量に始末した俺を」
俺に話しかけて来た男が突然、両手で机を叩いたあと無言で部屋から出て行く。
無言で部屋から出て行った男は暫くして沢山の新聞を抱えて戻って来ると、抱えていた新聞を机の上に叩きつけるようにして広げた。
「見ろ! お前がやった結果を 」
机の上に広げられた多数の新聞の紙面に載っている写真に目を向ける。
真っ黒焦げで車体のフレームが辛うじてわかるタンクローリーと、タンクローリーの周りや走って来た方向に沢山転がっている、炭化したゾンビが写っていた。
「ほら見て下さい。
ゾンビをこんなに駆除することができたから、新聞社の人たちが此の街に来る事ができたのですね」
「馬鹿かお前は? 写真じゃ無く此処の記事を読め!」
新聞を机に広げた男が顔を真っ赤にして、新聞の記事を指さして怒鳴った。
「お前は564人もの人を殺し、火傷などで病院に収容されている方たちも2000人以上いる。
その中には今現在も生死の境を彷徨っている人たちもいるのだぞ!」
何か俺と警察官だと言う男たちとの会話が噛み合わない。
そうこうしているうちに俺は精神鑑定に掛けられた。
精神鑑定に掛けられると共に俺の事も調べたらしいのだけど、何かおかしい。
何故か、何度も何度もお前は本当に広田智弘か? と聞かれるんだ。
警察官を名乗る男たちにその理由を聞くと、俺のゾンビに食われて死んだ筈の家族、両親と祖父母に妹たち、それにゾンビが大量発生した時に一緒に大学から逃げ出し途中でゾンビに食われた友人たちが、俺の事を広田智弘ては無いと証言しているのだとか。
家族や友人たちを名乗る奴等に言わせると、本物は良く言えばふくよかな体型悪く言えばデブな体型の男で、こんな痩せ細った体型の男では無いと言う。
DNA検査や指紋も調べられたけど、此方は俺が本物の広田智弘だと言う結果が出た。
精神鑑定の結果はゾンビの話し以外は正常だという鑑定結果が提出される。
その正常だという鑑定だけで奇妙な事には目を瞑り俺は裁判に掛けられた。
多数の被害者と被害者遺族の俺に厳罰を与えろという訴えと、その被害者や遺族たちを支え後押しする世論に押された事により俺は裁判に掛けられ、反論も何も聞き入れてもらえずに死刑を宣告される。
俺も此処まで来ると、ゾンビなんて物は俺の頭の中で作られた妄想だったのだと思うようになった。
死刑を宣告され、上告する間も与えられずに拘置所に収容された翌日に刑が執行される。
それはあの地震があった日から丁度3カ月後の事であった。
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広田智弘の死刑が留置所で執行されていた頃、広田を逮捕した警察署に電話が掛って来る。
電話を掛けて来たのは広田が借りていた部屋の隣の部屋の住人。
広田が借りていた部屋、今は大量殺人鬼が住んでいた部屋だと嫌厭され、無人の筈の部屋のドアが開け放たれていたので好奇心から、隣の部屋の住人は部屋の中を覗き込む。
覗いたら、部屋の中に撤去された筈の家財道具が置かれているだけでなく、部屋の真ん中付近の畳が血のような物で赤黒く汚れ異臭がしたので、警察に通報したのである。
出動した警察官たちと鑑識官は皆、首を傾げていた。
部屋の中に置かれている家財道具、タンスの中や収納ケースの中の服や下着類はサイズが違うだけで色や柄は、家族が引き取りを拒否したために自分たちで処分した物と全く同じ物だったのだ。
腐敗したあと乾燥した、大量の血と齧られたと見られる噛み跡の残る骨と少量の肉片が、部屋中に飛び散っていた。
畳には多数の襲撃者に襲われた被害者が必死に逃げようとしたと思われる痕跡、畳に突き刺さりそのまま剥がれた爪が数本。
それに被害者を襲撃したと思われる十数人の襲撃者の中には素足の者もいたらしく、畳には多数の足跡が手形や靴跡と共に残されている。
それなのに部屋の中に多数の痕跡があるにも関わらず、部屋の外のアパートの通路には血の跡1つ無いのだ。
それに部屋の中で見つかったスマホに自撮りされていた写真に映っていたのは、広田の家族や友人等が証言していた通りのでっぷりと太った男。
など不思議な事や物ばかりだった。
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警察官や鑑識官が広田の部屋で首を傾げていた頃、広田の死刑が執行された留置所では、家族が引き取りを拒否したため広田の遺体を清拭し納棺していた留置所の職員たちが、死刑に処され死亡が確認された筈の広田の死体に噛みつかれていた。




