第二話……ジロー、クマになる!?
「……ふう、やはり夢じゃないのか」
翌日。私は鏡を見る。
やはり、その姿はモフモフとした大きなクマの縫いぐるみだった。
昨晩説明を受けたことを思い出す。
外側は耐熱強化皮膚。内側は強力な人工筋肉で握力だけで1トンあるとのことだ。
どうやら、人類の科学全盛期時代の特殊部隊用のパワードスーツであるらしかった。
外見はめちゃめちゃ可愛いクマさんなのだが……。
「お目覚めはどうかね? ジロー君。」
手術をしてくれたであろう医師が入室してきた。
名札によると、名前をパナッチという老博士であった。
「……いあ、替えの体ってこれしかなかったんですか?」
私の体はバラバラになって存在しない。
唯一助かった部位である脳も、半分損傷した状態で、この体に移植されたと聞いている。
しかし、外見が流石に恥ずかしかった。
「あはは、君の体はワシの趣味じゃよ! その体でこの宇宙に平和を取り戻してくれたまえ!」
……どこまで冗談なのだろう?
すくなくとも、この何百年も戦乱な宇宙に平和が戻るとは思えない。
「あ、あとな。軍には君は戦死したと伝えておいた。新しい身分証とカードはこれだ。前のカードの残金は手術代としてもらっといたぞ。うはは……」
変な爺さんだ。
ただ、この体のスペックが説明書通りだとしたら、私のカードの残額で買えるようなものではない。
多分、これはぬいぐるみに偽装した特殊部隊が使う代物だったのだろう。
きっと軍でも秘匿情報に能うる素材なはずだ。
「パナッチ博士。この体はどこにあったんだ? 勝手に使っても良かったのか?」
「いやなに、この惑星ジャグシーはエルゴ時代の遺産がよく出て来るからな。盗掘者から安く買い叩いたものだ。安心しろ」
エルゴ時代というのは、300年前の人類栄光の時代のことを指す。
人類が、外宇宙へと羽ばたくのに必要だった超光速機関を開発したエルゴ博士から名前が採られている。
「まぁ、体に関してはデータが欲しい。また定期的にこの病院に検査に来てくれ」
「わかりました」
私はその後、パナッチ博士による二週間にわたる治療を受け、退院。
この赤茶けた岩だらけの荒廃した惑星ジャグシーで、第二の人生を始めることになったのだった。
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「う~寒いな」
惑星ジャグシーの夜は寒い。
病院がある小さな市街地を出ると、すぐに政府軍と反政府軍が戦う内戦地域となる。
ちなみに一月前まで、私はその政府軍の外人部隊に所属していたのだ。
「おい、着ぐるみ! ここは商店街じゃないぞ!?」
……ん?
老いたホームレスに声を掛けられる。
そうだった。
今の自分の姿は、大きなクマの着ぐるみのようなものだったのだ。
「あ、すいません。この辺寝るところはありますか?」
「ん? 訳ありかな? そこのドラム缶の中に寝ると良い。毛布はあとでわけてやるぞ」
「ありがとうございます」
私は老人に親切にされ、その晩を無事に過ごしたのだった。
……この体。耐熱仕様と聞いていたけど、寒さは感じる不便な体であった。
□□□□□
朝。炊き出しに並ぶ。
この惑星は焼け出された民衆だらけだ。
都会のホームレスというより難民に近い。
それを目当てに人買いのような斡旋者も集う。
「そこの着ぐるみのにいちゃん。あたらしい仕事はどうだい?」
「お仕事は何です?」
「兵隊さん」
「いえ遠慮しときます」
その兵隊稼業で社会的に一度死んでいるのだ。
暫く兵隊はやりたくない。
「そこの着ぐるみのクマさん。あたらしい仕事はどうだい?」
「いえ、結構です!」
目立つ格好をしているので、やたらと話しかけられる。
私は食事を終え、炊き出しのある場所から離れ、市街地の方角へと歩いていった。
「……ふぅ」
車のない移動は疲れる。
一応、おんぼろのバスは走っているが、あいにくながら所持金は0だった。
「……ぉ? あったぞ!」
私はビルに掲げてある『星間ギルド』という看板を見つけ、立ち寄ってみた。
中は凄まじい人込み。
汗臭く、そして酒臭い。
きっと、映画で見たことのある20世紀の通勤列車とかいうやつだ。
『星間ギルド』とは名前はかっこいいが、何でも屋のことだ。
合法なものから、非合法であぶないものまで沢山仕事がある。
なんといってもこの組織が凄いのは、組織が化け物じみて大きく、ちいさな惑星の政府くらいでは太刀打ちできない巨大な宇宙規模な組織であることだった。
ここで登録すると俗に『星間冒険者』と言われる身分になる。
金どころか命に見合わない厳しい仕事が多いので、この蔑称が付けられたらしい。
確かに、そのほとんどが形も浮浪者に近い貧しい稼ぎの者が多い。
だが、ギルドメンバーの中には、宇宙海賊を倒して回れるようなヒーローもいる。
そう、ギルドとは、皆があこがれる英雄や一攫千金が目指せるような夢のある謎組織だったのだ。
私は一度でいいからヒーローになってみたかったのだ。
「新規入会お願いします」
私は人込みを掻き分け、カウンターにいる親父に話しかけた。
「……あ? 新人さん? しかも人間じゃないの?」
この星は失業者だらけだ。
当然、雇う側は横柄な態度になる。
「あ、生体アンドロイドです」
もう150年前には絶滅したであろう架空の作業ロボットの名称を告げる。
待つこと30分……、意外なことに審査は早く済んだ。
確かこの組織はランク制で、ランクに応じた仕事が受けられるのだが……。
「はい、Fランクね……。次の方どうぞ!」
……ぶ、Fランクだとぉ!?
人間だと最低でEランクだ。
どうやらその下があったらしい。
Fと大きく印字されたカードをもって依頼主探し。
なんだか恥ずかしいな。
掲示板を探すも、Eランク以下は『土木作業員』が並ぶ。
やっぱり夢ははるかに遠いなぁ……。
……結果。私が最初に選んだのは、皆が嫌う『鉱山労働者』だった。




